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巫剣観察記

石切

石切

「それで? いったいどういうきっかけから、わたしを尾行しようと?」
私は椅子に腰をかけて固まったまま、向けられた質問の答えを必死に考える。
「はい……実は……」
まずいことになった。
まさかこんな事態に陥るとは。観察方として情けない。


その日私は今回の観察対象である巫剣の石切を尾行していた。
むやみな接触を控えるために顔を隠すように新聞紙を広げ、少し離れたところから石切の行動を観察していたのだ。
これで完璧。そう思っていたのだが、しかしわずかに気を抜いた隙に、あろうことか彼女に背後を取られてしまった。
振り向くと目をらんらんと輝かせた石切がこちらの顔を覗き込んでいた。

「あなた! さっきからずっとわたしのことを観察していましたね?」
「うぇっ!? あ、いや……な、なんのことで……しょう?」

慌てて否定するが、彼女の目はごまかせなかった。

「どうして直接声をかけずにわたしの様子を伺っていたんですか? 何者ですか? 悪い人ですか? 見た所非常に垢抜けない……じゃなくて善良そうな人のように見えますけど」
「え……あ……や……」

私は矢継ぎ早に繰り出される質問に文字通り押されて道路脇の塀に追い詰められてしまった。苦し紛れに視線を泳がせる。
その時私は自らの手に持っていた新聞の中からひらめきを得た。

「た、探偵……」
「はい?」
「私は探偵!!」

高らかに宣言しながら新聞を石切の前に広げてみせた。そこに掲載されているのは新聞小説の『幽霊塔 』だ。もとはアメリカの小説だが、それを作家・黒岩涙香が翻訳し、現在この萬朝報にて連載中の探偵小説である。
もちろん探偵であるなどというのはとっさの方便だが、実際私はかねてよりこの小説は愛読しており、密かに探偵なる謎めいた職業に憧れを抱いていたりもする。

「……の見習い……です」

が、結局きまりが悪くなってつい弱気な一言を付け加えてしまった。

「探偵? 初めて聞くお仕事です! なんですかそれは! 興味があります!!」
「え」
「まあまあ立ち話もなんですからそこのお店にでも入りましょう! おいしい珈琲が飲めるうえに、ビリヤードに碁、将棋となんでもそろうモダンなお店らしくて前から興味があったんですよ。じっくりお話を聞かせてください! ちょっとだけ! ちょっとだけですから!」

ちょっとなのかじっくりなのかどっち?
なんというか、石切はものすごい押しの強さの持ち主だった。
そういった経緯で現在私は喫茶店に連れ込まれ、観察対象である石切と差し向かいに座って質問責めにあっている。

「それで? いったいどういうきっかけからわたしを尾行しようと?」
「はい……実は……探偵というのは人を調べ、謎を追い解き明かすものなんですが、今日は一人前になるための修行として、無作為に選んだ相手を1日気づかれずに尾行するというようなことをやっていまして……」

私、いつも苦しい言い訳してるなぁ。

「それで、たまたまわたしに目をつけて尾行をしていたと」
「み、見つかってしまいましたが……」

私はどうにかこうにか読書で得た知識だけで探偵がどういうものかを説明した。せっかくの珈琲も味わう余裕はなかった。
話を聞き終えた石切は感激したように手を叩いた。

「すばらしいです! 卓越した人脈と行動力、優れた洞察力! そしてそれらを駆使して対象を徹底的に調査し、まとめる。すてきなお仕事です……!」

なんだかうっとりしている。

「あの……そのご様子だともしかして……あなたも誰かを調査したり、知らないことを調べたりするのが……」
「好きです!!」

食い気味で肯定された。

「そ、そうでしたか。好奇心旺盛な人なんですね」
「よく言われます。特に強い人には好奇心が抑えられません! 仲間の特徴、特性を詳細に調べて整理し、網羅し、保存する。必要な情報をあるべきところにあるべき順番できっちりと収める……」
「は、はぁ……」

石切はわずかに潤んだような瞳を私に向け、ため息をつく。

「それって……最高に心地いい作業だと思いませんか? ふぅ……」

変な人だー!

「西洋風に言えばアーカイブ! アーカイブこそ剣に次ぐ第二の力なんです!!」
誰か助けて。
「それにしても近ごろは探偵という新しい職業が生まれていたんですね。知りませんでした。不覚です。でも、もしかして、わたしにぴったりの職業なのかも……。ああ、でもわたしには禍憑と戦うという重要な使命がっ……!」

それから石切は珈琲がすっかり冷めてしまうまで休む間もなく喋り続け、私の体力はすっかり削られてしまった。
店の前で別れる際、石切は私の手を強く握ってこう言った。

「早く一人前の探偵さんになれるといいですね! 応援しています! その時にはぜひ私にも尾行のお供をさせてください♪」

確かに彼女なら私よりもずっと優秀な観察方になれそうだ。


と、そのようなことがあったのが1週間前なのだが――。
ここ数日度々どこからか人の視線を感じる時がある。
その度に振り返るのだが、誰もいない。
……まさか、彼女にすっかり興味を持たれて私、調べられてる!?

以上、まだしばらくは気の抜けない御華見衆観察方より報告