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巫剣観察記

振分髪広光

振分髪広光

 今回の調査対象である振分髪広光は、なんでも曲がったことや筋の通らないことが大嫌いという、たいそう一本気な性格の人物とのことだった。
 だから隠れてコソコソ付け回すような”粋”でないやり方は避けたほうがいいだろうと私は考えた。
 下手に策を弄するよりも、ここは誠心誠意当たって砕けろだ。
 いや砕けてはダメなのだけれど。

「というわけで、今町で評判の硬派娘である振分髪広光さんに直にお話を聞きに来た――というわけです」
「ああん? 新聞社の記者だって? うちに取材なんてあんたも物好きだな」

 今、私は昼下がりの茶屋で振分髪広光と向かい合っている。
 策を捨て、真正面から振分髪広光に声をかけ、取材させて欲しいと頼み込んだのだ。
 とはいえこちらの素性を新聞記者と偽っている部分だけはご容赦願いたい。

「申し遅れましたが私、柿田(かきた)と申します。みんな振分髪広光さんに注目していますよ。なんでも世論調査における『女性が憧れる女性』3年連続第1位だとか」

 もちろん名前も偽名だし、そんな世論調査も存在しないのだが、会話の突破口としてこれもご容赦願いたい。正直、こんな世辞が彼女にどれだけ通じるかは定かではないが……。

「え? 1位? うちがぁ? ホンマにぃ?」

 と思ったけれどしっかり通じていた。効果覿面だ。

「うへへ……。そっかぁ。女が憧れる女かぁ」

 そこまで喜ばれると胸が痛い。

「ではですね、一問一答という形式でいくつか質問に答えていただきたいんですが、よろしいでしょうか?」
「おう! ドンと来い! 正直に答えてやるよ! うちの辞書にお茶を濁すって言葉はないからな!」

 ノリノリだ。もしかしてこの人、すごくちょろいのでは。
 ともかく、まずは当たり障りのないところから質問していくことにする。より深い質問は相手の様子を見つつ考えることにしよう。

「好きな言葉は?」
「熱血、特攻」
「嫌いなものは?」
「信念のないヤツ」
「初恋はいつですか?」
「ふぇっ? そ、そんなのねえよ別に! あったとしても……それは、あれだ……その」

 当たり障りのない質問をしたつもりだったが、早々とつまずいてしまった。

「おや? お茶を濁されています? なにかまずい質問だったでしょうか」
「ま、まずいってか……その……」
「ではご自身の中で女として綺麗だと思う部分は?」
「んなっ……ななななんじゃその質問は! こここ、答えられるかそんなもん!」
「なんでも正直に答えると言いましたのに」
「うっ……。いや! た、確かに正直に答えるとは言ったが”なんでも”とは言ってねえぞ!」
「ちっ」
「おい、今舌打ちしたか?」
「してませーん」
「このヤロウ……!」

 振分髪広光には悪けれど、なんだか楽しくなってきた。

「ではでは次の質問」
「……おう」
「好きな場所は?」
「ケンカと火事の現場」
「夜寝るときの格好は?」
「なっ……また! 合間に妙な質問を混ぜんな!」
「市民の関心を反映した質問事項ですよ。それともなんですか? 夜、人に言えないような格好をして寝ていらっしゃる?」
「ふ、ふつうの寝間着だよ」
「ふつうですか? 色は?」
「も……、白」
「今、『も』と言いかけましたね? まさかの桃色ですか。ははあ。これはかわいらしい」
「違う! 桃色地に人の生首を咥えた竜の刺繍の入った寝間着だ」
「なんですそれ怖い」
「ええからもっとマシな質問しろや!」

 そろそろ本気で殴られそうなのでおふざけは控えよう。

「巫剣として日々大切にしていることは?」
「そりゃもちろん禍憑をぶっ倒すことさ。うちらはそのためにいるんだからな」

 そう答えた彼女の目に迷いは感じられなかった。なんて真っ直ぐな眼差しだろう。

「素晴らしいことだと思います。では命ある限り、折れるまで人々のために戦っていく、と」
「当然! あ……」
「あ? なにか気にかかることでも?」
「いや、その……」
「ははあ。実は戦うこと以外にも密かな願望をお持ちなんですね?」
「別にそういうんじゃ……ないけど」

 これは振分髪広光が心の奥に秘めている思いを知る絶好の機会だ。ここはもうひと押し。

「ご安心を。この項目に関しては決して記事にはいたしません。ここだけの話にとどめておくことをお約束します」
「ほ、本当か……?」
「信じてください」
「わ、わかったよ。でも絶対誰にも言うなよ?」

 信じるに足る根拠はなにもないはずなのに信じてくれた。この子、たぶんすごくいい子だ。
 しかし、これほど秘密にしておきたがっていることとはいったいなんだろう。もしかするとなにか巫剣に関する重要な情報の一旦なのでは。
 そう思うと自然とこちらの体にも力が入った。
 私は口を挟まず、じっと振分髪広光が口を開くのを待った。

「あのな……、私……あたい……できることならいつか最高のこ……ここ、恋をして……それでその、けっ……けけけ結婚とかをしたりできたら……とか思うとるんよ……」
「………………はい?」
「だ、だから結婚だよ。そんで、奥さんとして旦那のために美味しいご飯を……って……」
「………………はい?」

 いや、頭では理解できていた。
 できていたのだけれど、明かされた事柄と目の前にいる振分髪広光の風貌がかけ離れすぎていて受け入れるのに時間を要してしまった。

「結婚……が密かな夢……なんですか?」
「そうだよ! 悪いかコラ!!」
「ひぃ! わ、悪くないです! 刀を抜かないで!」

 もちろんなにも悪くない。けれど、想像していた情報とあまりに違っていて、一気に全身から力が抜けてしまった。
 
「いいか! このことは絶対記事にすんなよ! 人にも言うな! 約束したからな! 約束破ったら代わりにテメェの鼓膜を破るからな」
「どんな方法で!?」

 やっぱりこの人怖い。

「だ、大丈夫です! 私にも記者としての矜持がございます。絶対に他言しません! この柿田照代(かきたてるよ)の名にかけて!」
「書き立てるよ! バラすヤツ代表みたいな名前しちょる!」

 しまった。偽名の選択を誤った。

「き、今日のところはこれで失礼しまーす!! 取材のご協力ありがとうございましたー!!」
「待てやゴラァ! 今聞いたこと全部忘れろ! できんのなら記憶なくすまで殴っちゃる!!」

 いくつか不手際もあったが、ともかく本日の成果を急ぎここに書き記しておく。
 私の記憶が失われる前に。

以上、御華見衆観察方より報告