
新年が明けた。
初詣で賑わっている神社で多くの人が行き交う中、俺はある女性を観察するため人混みに紛れながら、彼女のことを見張っている。
どうやら露店の手伝いをすることになったらしいのだが、安請け合いしすぎなのではないか。
人の手伝いをするのが好きなのだろうか……
「お兄さん、ちょっと寄っていってよ。
うちの射的の商品は豪華だよー!」
そこには射的用の銃を放り、盃片手に客引きをしている彼女の姿があった。
そう、俺の観察対象である巫剣『千人切』である。
「ん、どうしたの? そこそこ、そこのお兄さん。
私に見入ってるような気がするんだけど?」
確かにずっと見ていたが、彼女に気付かれないようにしていたつもりだったんだが。
「誰かと待ち合わせかな?
それとももしかして~……私目当て?」
待ち合わせか……まあ、そういうことにしておこう。
そのほうが怪しまれることもないだろうからな。
「じゃあ、そんな寂しいお兄さんには奮発して玉を一発増やしてあげようかな♪」
どうやら、俺は射的をすることになってしまったらしい。
彼女のことを知る良い機会なのかもしれないがだからといって遊んではいられない。
「そ、そっか、ダメか……う、ううん、いいの。
ごめんなさい、無理を言って」
なんだ、急にさっきまでの強引さが消えたが断られたのがそんなに……?
まあ、少しならば構わないか。
「えっ、本当? そっかそっか!
今用意するからちょっと待っててね♪」
明るさが戻った彼女が盃の酒を一気にあおる。
店番をする気があるのだろうか……?
「ん? ああ、いいのいいの。ただ呼び込みするのも退屈でね、飲んでもいいよって言われてるから。
新年でおめでたいんだし、ちょこっとくらい酒盛りしちゃってもバチは当たらないんじゃない?」
そういう問題でもないと思うのだが……。
まぁ、彼女が無類の酒好きだと観察できた……ということにしておこう。
「ほら、ちゃんと狙って狙って♪
商品落とせたら、お酌してあげるからね」
できればその落とした商品を貰いたいのだが。
しっかりと狙って引き金を引くと、見事に商品を落とすことができた。
つまり、これは――
「大当たりだね。お酌してあげるから、入った入った。
おじさんに射的屋のお手伝いを頼まれたのはいいけどさ、酒盛りするにも一人だと寂しかったんだよね。新年だし賑やかにいこう♪」
店の中へ入るように背中を押される。。
祝い酒と思えば一杯くらい付き合ってもいいか。
千人切に注がれた酒をぐっと飲み干した。
「おっ! いい飲みっぷりだね、お兄さん。
ほら、次だよ次ー♪」
と、すぐにまた酒坏にお酒を注がれてしまう。
この一杯で帰れるものだと思ったが、そうではなさそうだ。
いったい、どれだけお酒を注がれたのだろうか。
おそらく、数時間は経っているはずだ。真っ暗だった空も、今は青みがかってきている。
千人切はあれから、誰かれ構わず声をかけまくり、いつの間にか多くの人が集まっていた。
もはや射的屋ではなく、酒場と言った方が正しい気さえする。
「おじさん、もっと飲みなよ。
さっきからちょっと量が減ってきてるんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、お嬢ちゃん。
もう俺は……うっ……」
一人、また一人と、彼女に飲まされて倒れていく。
「そういえばお兄さんさ、結局お相手さん来なかったね。
ま、気にしないでいいよ。私がとことん付き合ってあげるから♪」
とことん……とはいえ、そろそろ初日の出が拝めそうな時間なのだが。
「あっ、もしかして無理させちゃってる?
楽しくって、ワガママが過ぎちゃったかな……」
……いや、無理などはしていない。
彼女と飲む酒は正直、楽しい。
だが、さすがに量が量だ……
「お兄さん、楽しんでくれてたんだ!
だったら、まだまだお酒はたっぷりあるから。
どんどん飲んでいこう。なんたって、新年だからね♪」
千人切は先程とは打って変わって笑顔を見せた。
一瞬くらっとしてしまったが、それはきっと酒のせいだろう。
それにしても彼女が時折見せる悲しげな表情が……気に、かかる……
「あれー、大丈夫?」
彼女の言葉が遠い。意識は朦朧とし、夢うつつといわんばかり。
だが倒れるわけにはいかない。
倒れたら、観察方として、彼女の調査が……。
そう考えているうちに、初日の出の時間となった。
お天道様の光が薄暗い射的屋を照らす。
そこには彼女の酒に付き合った人々が死屍累々と転がっていた。
以上、御華見衆観察方より報告。