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巫剣観察記

蜂須賀虎徹

蜂須賀虎徹

「果樹園って……ここかな?」

それは日当たりのいい丘の上に広がっていた。
この度の観察対象である蜂須賀虎徹は、現在害獣駆除のためにここで奮闘しているという。
害獣駆除というのは表向きの表現で、実際は果樹園に出没する禍憑の退治が目的だろう。蜂須賀虎徹は今回の任務にあたって信頼を置く仲間数名にわざわざ声をかけたという。ふつうの獣を退治するならそんな必要はない。

「これは激戦の予感。蜂須賀虎徹の力を記録するのにうってつけだわ」

観察方としてこの機会を見逃すわけにはいかない。
私は等間隔で並ぶ樹の間を縫うようにして進んだ。

「あれ? あなたどこの人?」
「うひゃ!」

突然の声に驚いて振り返ると、そこに紺と白が鮮やかな着物姿の少女が立っていた。

「ダメだよ。果樹園は今立ち入り禁止。危ない獣が出没中だよ」
「は……はぁ……。ということは、あなたは……」
「あたし? あたしは蜂須賀虎徹だよ。ここの守りを任されてるんだ!」
「そ、そうなの……」

いきなり出会ってしまった。

「そ、それじゃ私は避難しときますね!」

できれば少し離れた場所に潜んで、そこから彼女の戦いを観察したい。

「待って! 今から1人で歩き回るのは危ないよ! あたしが送り届けるから!」
「いや、でもきっと大丈夫ですよ」
「……信用できないの?」
「え? そ、そういうわけでは」
「あたしだってちゃんと戦えるんだよ! あなたを守るくらいできるの! それを証明してみせるからちゃんと見ててよねっ」

この子、変なところで頑なだ!

「だ、大丈夫です! 平気ですから!」
「まあそう言わずに!」

と、押し問答を繰り広げているところへ、今度は別の少女が割って入ってきた。

「ちょっとこーちゃん。なにやってるの! その人怯えてるじゃない」

こちらの少女は朱色の着物と頭にかぶった笠が特徴的だ。

「あなたは……!」

私は思わず相手の名を呼びそうになって口を塞いだ。
割って入ってきたのは蜂須賀正恒だった。
蜂須賀虎徹が協力を仰いだ巫剣というのは彼女のことだったのか。

「純朴な村娘さんを捕まえて困らせちゃダメでしょ」

えぇ? 村娘って私? 私そんなにおぼこい見た目してる?

「まーちゃん。この人、ここへ迷い込んじゃったみたい」
「そう。ならわたしが果樹園の外まで送り届けてくるよ」
「いいの? 見回りの方はもう終わったの?」
「うん。こっちは問題なかったよ。モグラ1匹いなかった」
「そっか。なかなか尻尾を掴ませないね!」
「そうだね。だけどまだまだ気は抜けないよ!」
「うん! 諦めない! 宝を守るために!」

私を放置して2人はなんだか盛り上がっている。
宝とはいったいなんのことだろう?
その時だった。
凄まじい轟音が遠くで鳴り響き、遅れて大地が揺れた。

「わっ! わっ!? 何!?」

私は思わずそばの幹にしがみついて叫んだ。

「まーちゃん! 今のは!」
「あっちの方だね! きっとテツさんが戦ってるんだよ!」

顔を見合わせるなり2人は「行こう!」と声をそろえて走り出す。

「あ! ま、待ってー! テツさんって……まさか長曾祢も助太刀でここに??」

私も慌ててその後を追った。
先行する蜂須賀虎徹と蜂須賀正恒の足は速く、私は徐々に離された。
「このままじゃ……み、見失う!」

こんな状況で置いてけぼりは勘弁願いたい。と、焦りはじめた時、ようやく2人が足を止めてくれた。
息を切らせて2人に追いつくき、ほっとひと息――かと思いきや、それを待っていたかのように四方から禍憑が襲いかかってきた。

「出たな果樹園荒らし! あたしが相手だ! どんなに束になってかかってきても負けない! いけるぞ、いけるぞあたし…!」

蜂須賀虎徹が刀を抜く。その背中を守るように蜂須賀正恒も抜く。2人で1つのような影が大地に写る。

「わああぁぁ!!」

私の鼻先を禍憑の爪がかすめていく。

「ひぃええッ!!」

あとはもう、ただ必死で樹から樹へと身を隠しながら彼女らの戦いに目を凝らすばかりだった。
「ねぇ…ねぇねぇねぇ、すごいすごい?? 見てたよね? あたしすごかった??」

無事にすべての禍憑を退けたあと、蜂須賀虎徹は瞳をキラキラと輝かせながら私の顔を覗き込んできた。

「す……すごかったです。死ぬかと思った……」
「これで一件落着だね♪ でも長曾祢さん はどうしたんだろ? 結局姿が見えなかったけど」

刀を納めながら蜂須賀正恒が言う。

「なんだあ? もう終わりかよ」

すると木々の向こうから尋常ならざる危険な殺気をまとった人物が姿を現した。
その姿に一度緩みかけたわたしの体に再び緊張が走る。
現れたのは蜂須賀虎徹の言ったとおり、確かに長曾祢虎徹だった。

「刻み足りねぇぜ。もっと気合入れて出てこいよ、ボケ共」

ただし、影打と呼ばれる方。

「あ、テツさん! お疲れ! こっちは今終わったとこだよ。」

抜身のごとく危険な雰囲気を漂わせる影打・長曾祢虎徹だったが、蜂須賀虎徹は特に怖がるでもなくにこやかに声をかける。

「一歩遅かったね」
「アホが! こっちはこっちでデカい群を蹴散らしてたんだよ! テメェらだけの力で片付けたとか思ってんじゃねえぞ。脊椎ひねるぞ」
「え? そうだったの? さっすがだね!」
「あれ? 長曾祢さんのようでいて、微妙に違う……。この人って確か……。こーちゃん、長曾祢さんに助っ人を頼んだって言ってたよね?」

蜂須賀正恒が若干戸惑いながら蜂須賀虎徹に尋ねる。蜂須賀虎徹は「うん!」と明るく答える。

「最初はながねーに助太刀を頼みに行ったんだけどね、今はどうしても忙しいから代わりにこっちを連れて行けって、ちょい悪なテツさんを紹介されたんだよ。おかげで助かった!」

実にややこしい。

「暇じゃねぇよ! 俺は最初からお宝目当てで来ただけだからな!」
「はいはい。感謝してるよ! ね、まーちゃん」

話を振られて蜂須賀正恒も嬉しそうにうなずく。

「そうだね。無事に守ることができたし、万々歳だよ♪」
「わかりゃいいんだよ。で? 約束してたそのお宝とやらの分前、本当にもらえるんだろうな?」
「うん! はいどうぞ!」
「よし。さっさとよこせ」
「だから、どうぞ!」
「どうぞって……」

困惑する影打・長曾祢虎徹の前で蜂須賀虎徹は両手を大きく広げて見せた。

「依頼主の農家さんには許可をもらってるよ。好きなだけ持って帰っていいって。もぎ放題だって! だから遠慮しなくていいよっ」
「ま、まさかテメェ……お宝ってのはここに実ってる……」
「そう! 果実! 今がちょうど食べごろだよ!」

つられて私も周囲の枝々を見回した。小ぶりの柑橘がどっさりと実っている。

「ふ、ふ、ふざけんな! こんな柑橘類で俺を働かせやがったのか! 大体食べごろったってどれもまだ青いじゃねぇか!」

影打・長曾祢虎徹が文句を言いながら果実を1つもぐ。

「青くて当たり前だよ! だってこれはすだちなんだから!」
「すだち!! すだちだと!? あッ! 酸っぱ!!」
「しっかり食べてるじゃん」
「こうなったら元をとらねぇと損だろうが!! 酸っっっぱ!」
「ふふふ♪ おいしいでしょ?」
「うるせぇ!」

確かに、散々体を動かした後の柑橘の酸っぱさは妙にクセになるものがあった。

以上、どっさりとお土産を持ち帰った御華見衆観察方より報告