
「んー、やっと新しい街に着いたね。お腹も空いてきたし、どこかでご飯にしよっか」
私の前を楽しげに歩いている女性。
彼女の名は明石国行、兵庫の明石にいた巫剣で、今は彼女と共に東京へと戻る最中なのだが――
「岐阜の特産ってなんだろうね。お魚は滋賀で鮒寿司を食べたから、今度はお肉がいいな」
確か、五平餅や朴葉味噌(ほおばみそ)を使った料理が有名だったはずだが。
「じゃあその二つ、どっちも食べに行こう。郷土料理を楽しむのは旅の醍醐味だからさ」
郷土料理に観光地。見るものすべてが物珍しいのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらとなかなか先へ進まない。
「兵庫のお屋敷にいた時はほとんど外出させてくれなかったから。こんな風に見て回るのが楽しいのよ」
本人は行く気満々だったが、お屋敷の人は最後まで反対していたからな。
よっぽど大切にされてきたのだろう。
外の世界を満喫させてあげたい気持ちは私にもある。
だから、ある程度のお願いは聞くようにしているつもりだ。
だが、だからといって寄り道を許していいわけではない。
一刻も早く、東京へ帰らないと行けないというのに。
「まぁまぁ、こっちに来ることってあんまりないでしょ? のんびりと旅を楽しめばいいんじゃないかな」
然るべき交通機関を使えば、数日で着く距離。
それを歩いて行こうとはなんと奔放な……。
「あら? なんだか、向こうのほうが騒がしくない? 人だかりもできてるみたいだし」
彼女が指差した方を見てみると、確かに不自然に人が集まっていた。
「なにかあったのかしら。ねぇ、ちょっとだけ様子を見に行ってみない?」
あまり面倒事には首を突っ込みたくないのだが、興味が無いと言えば嘘になる。
少し覗くくらいなら別にいいかと人だかりに近付くと、男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「もしかして喧嘩!? 早く止めないと!」
明石国行は人だかりを通り抜けて中に入っていくが、私はそうはいかず、途中で止まってしまう。
首を突っ込むなと言っておいたのに、まったく……
「事情はわからないけど、喧嘩なんかしちゃ駄目だって。ほらほら、二人とも仲良くしようよ!」
「なんだよ、ねーちゃん! あんたは関係ねぇだろうが、首突っ込むんじゃねぇ!」
「ほら、ここで騒いでたら、みんなの迷惑になるからさ」
明石国行の説得と、男たちの怒鳴り声が続く。
喧嘩の仲裁は上手くいかないようで、白熱していくばかりだ。
このまま放っておくわけにはいかない。かくなる上は私も仲裁に入るしか――
「まったくもう。これだけ言ってもわかってもらえないなら、こうするしかないよね!」
「おい、ねーちゃん。オレとやるつもりか? じゃあ、こいつの前にあんたを……うわーっ!!」
「想いは拳を合わせれば自然と通じるから! さぁ、どんどん行くよっ!」
「ま、待てよ!? 最初に喧嘩ふっかけてきたのは、そいつで……ぎゃーっ!!」
輪の中から聞こえてきたのは、打撃音と男たちの悲鳴。
慌てて人だかりを抜けていくと、そこにあったのは地に伏せた男たちを見下ろす明石国行の姿だった。
「言葉で伝わらないなら、拳で伝えるのが一番! ちょっと痛かったかな……? でも、これでばっちり伝わったはずだよね!」
明石国行はそう言って笑顔を作ると、男たちはがっくりとうなだれたように見えた。
それが答えであるように私は思う。
御華見衆観察方より報告。
兵庫の明石に帰郷した明石国行を迎えに行ったのだが、次々と問題が発生し、未だ東京の地は遠く、岐阜に滞在中である。
破天荒な彼女との小さな旅は、まだ続きそうだ。