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巫剣観察記

加藤国広&山伏国広

加藤国広&山伏国広

最初に山伏国広と加藤国広の2人を目撃したのは日本橋小伝馬町にほんばしこでんまちょうの一角だった。

「いやはや、都会でも探せば案外見つかるものですなぁ!」
「だいぶ煮えてきたねー。……でもこれなんの草だっけ?」

2人の巫剣は人の行き交う往来の隅で――なぜか炊事を繰り広げていた。
焚き火の上に鍋がかけられ、その中では数種類の野草がごった煮になっている。
野草と言えば少し聞こえがいいが、都会の人間からしてみるとそれはどう見ても道端に生えていた雑草だ。雑草という名の草はないとは言うけれど、やっぱり雑草だ。

「これはいい腹ごしらえになりそうですぞ。加藤殿、碗をこちらに!」

と、峻烈な中にも溌剌とした優しさを垣間見せているのが山伏国広。

「野草鍋もいいけどさー、せっかく町に来たんだからもっと他のも食べたいなー。こう、牛鍋とかさあ」

そうして周囲の食べ物屋に興味を示しているのが加藤国広。
どちらも今回の調査対象だ。

「いやいや! 御華見衆の声に応じて町へ下ったとはいえ、依然として我らは修行の身。己の舌と胃袋をたやすく甘やかすのはいかがなものか。」

道ゆく人々は嗅いだことのない匂いを発し始めている鍋と、それを囲む両名をチラチラと気にしながら通り過ぎていく。
私は先ほどからそんな群衆に紛れて彼女らを観察している。

「ぶっしーは真面目だなぁ。でもうち、もう少し町も見て歩きたいよ」
「うむ。では腹ごしらえの後で行脚と参ろう……と言いたいところですが、しかしこうも人でごった返していると拙僧、少々気後れしてしまいまする……」
「ぶっしー、まだ人混み苦手なの?」
「う……修行不足! はあっ!」
「静かな山が恋しいんだねー。よしよし、こわくないよー。都会、こわくないよー」

どうやらこの2人は最近、山深い土地から降りて東京へやってきたばかりのようだ。
それで山での習慣? からこんな場所でやにわに奇妙な鍋をこしらえてしまったのだろう。

「ああ、険しい尾根の道が懐かしい……」

見た限り山伏国広はまだまだ人里に慣れていないようだった。

「そう? うちは見る物聞く物新鮮で楽しいけど」

対して加藤国広はすっかり都会の喧騒にも順応している様子だ。
カーン、カーン……!
そうしてちょうど2人があまり羨ましくない鍋に手を伸ばしかけた時、突然離れたところで半鐘が鳴り響いた。

「むむ、これはもしや……」

鍋の中で煮立った青臭い葉っぱを頬張りながら山伏国広が顔を上げる。

「火事だね!」

そのことに気づくなり加藤国広は大急ぎでお碗の中身を胃袋に流し込み、鐘の鳴る方角へ向かおうとする。

「あ! 加藤殿どちらへ!」
「決まってるでしょ! 火事見物!」
「離れたら迷子になってしまいまするぞ! 好奇心も程々に……! あぁ、もう!」

山伏国広は無鉄砲な友人に困り果てた様子。すぐに後を追うことを決めたようだったが、それでも鍋の前で両手を合わせてご馳走に感謝していた。律儀だ。
と、感心している場合じゃない。私も2人の後を追う。



駆けつけてみると火の手が上がっていたのは老舗の小料理屋だった。
立ち上る炎を見上げ、2人は言葉を交わしていた。建物の焼ける音と野次馬の声に負けないように大声で会話してくれているおかげで、私の耳まで会話が届いてくる。

「すっごい炎だね! それに煙も!」
「そうですな、まるで護摩行……ハッ! いかんいかん! つい不謹慎な想像をっ!」
「それに野次馬の数もすごいね! 話に聞いてたとおり。火事と喧嘩は江戸のなんとかって!」

その時、野次馬の中の誰かが小料理屋の2階を指差した。

「おい! あそこまだ客がいるぞ! 逃げ遅れっちまったんだ!」
「あーあ、すっとろいヤツもいたもんだなぁ!」

他の者も次々に声を上げ始め、あたりは一層騒がしくなった。

「ったく火消しはまだかよ!」

さすがに逃げ遅れている人がいるとわかれば、お江戸の花だなんだと呑気に見物しているわけにもいかない。人々はわーきゃーと言いながらも消防組の到着を待った。
と――そんな中、燃え盛る建物に真っ直ぐ近づいていく人物がいた。
山伏国広その人だ。
危ねぇ! 無茶すんな!
人々のそんな悲鳴が上がる。
けれど彼女は止めようとする人々を振り返って平然と言った。

「あそこで救いを求めている者がいるのでしょう? ならば拙僧が行かねば」

当然のことだと言った。

「ご心配なく。この程度の炎は修行で慣れっこですので!」
「あーあ。ぶっしーってばもう。いつも無茶するんだから」

加藤国広が呆れた様子でその背中を追う。

「でも、ぶっしーはそうこなくっちゃ! つき合うよ!」
「うむ!」

そして2人の巫剣は躊躇うことなく炎の中へと飛び込んでいった。



その日のことは後日『小伝馬町ノ小料理屋焼失ス』と新聞に報じられた。
ただし勇気ある娘たちの活躍により、死傷者は出なかった――と。

以上、御華見衆観察方より報告