
私はここしばらく福岡にある柳川の地に滞在している。
それは、とある巫剣を調査するためだ。
巫剣の名前は雷切丸。
雷を斬り裂いたという逸話を持つ巫剣。
長く観察した結果から彼女の性格もわかってきた。
口数が少なく、いつも冷静。見た目通りの凛とした女性のようだ。
だが、ひとつだけ気になるところがある。
それは彼女は天候が悪い日には決して家から出ないということだ。
雨に濡れるのが苦手なのだろうか。
ここ数日は雨が続いていたこともあり、その間は一度も家の外に出たのを見ていない。
しかし今日は曇り。
もしかしたら様子を見に出てくるかもしれない。
「天候はどうなっているだろうか」
しばらく待つと、雷切丸は外の様子を伺うように現れた。
予想的中だ。気取られないようにしなければ。
「……大丈夫そうだな。今のうちに行くとしよう」
商店のある方角へ向かっているようだ。
しばらく家にいたから、その買い出しだろうか。
「まったく、迷惑だ。何日も何日も……くっ、こちらの都合も考えろ……」
なにかぶつぶつと文句を言っているようだが、どうしてそこまで不機嫌なのか。
今年の秋雨はずいぶんと続いているが、そこまで嫌っているのだろうか。
「すまない。あと、これと、これを……ああ、こちらも頼む」
雷切丸は通りに出ると、足早に商店を巡っていく。
一秒でも早く終わらせようとしているのか、その動きはずいぶんと素早い。
しかし、両手いっぱいに袋を抱えているが、一体何日分の買い溜めなのだろうか。
「……お前、あたしになにか用か?」
どうでもいいことをぼんやりと考えているうちに、いつの間にか気が抜けて油断していたことを後悔した。
雷切丸は鋭い眼光をこちらに向けていたのだ。
私に向けて言ったのか、まだわからない。
だが、彼女の足は確実に私の方へと向かってきていた。
距離は十分に取っていたはず。それに、今まで気付かれていなかったのだ、わかるわけが――
「お前に言っている。あたしになにか用か、と」
雷切丸は私の前で足を止め、今度は私の目を見て言う。
完全に気付かれていた。しかし、なぜだ……
「今までも見られている気配は感じていたが、場所まではわからなかった。だが、今日は違う。少しばかり、神経が敏感になっていてな」
観察方が観察対象に見つかるとは、なんという失態。
このまま逃げようにも、相手が巫剣では……
「答えろ、お前はいったい何者――」
彼女の言葉を遮るように雷鳴が響き渡る。
それと同時に雨が勢いよく降り始め、空は雨雲で覆われ、ゴロゴロと音を立てていた。
「――ひゃあっ!!」
いや待て、今はそんなことよりも雷切丸を……ん?
「うぅ……な、なんで……降るのか!? やっぱり来るのか!? まだ大丈夫だと思ったのに……」
私を睨みつけていた雷切丸は両手でお腹を抑え、よろよろとしている。
そのせいで手に持っていた袋が地面に落ちてしまっていた。
急な腹痛……いやさすがにそれはないだろう。
とにかく、雨で汚れてしまう前に買ったものを拾ったほうがいい。
「す、すまない……はっ! ち、違う! これは……そ、そうだ。小銭を落としてしまってな。それを拾おうと――」
また雷が鳴り響くと、彼女が勢い良く立ち上がった。
「ひぃぃ! そ、そうだ……用事を思い出した! あたしは帰る、今すぐ帰る!!」
と、急に走り出す。
雨の中を突っ切っていく彼女の姿はすぐに見えなくなってしまった。
いったいなにがあったのだろうか……本当に用事とは考えにくい。
もしや雷があの怪しげな行動の原因?
いや、まさかそんなことはないだろう。
雷切丸の名を持つ彼女が雷を恐れているわけがない。
あの不可思議な様子については、引き続き調査が必要である。
以上を御華見衆観察方の報告とする。