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巫剣観察記

石田切込正宗

石田切込正宗

滋賀の長浜、その片田舎の村に凄腕の女剣士がいるという噂。
噂の真相を確かめるため、私はその地へと向かうことになった。
いくつもの交通手段を乗り継ぎ、やっと村が見えてくる。
女剣士はこの世ならざる化物をも斬り伏せたという。
噂通りであれば、女剣士は巫剣かもしれない。
そんなことを考えていると、村の入口になにやら人だかりがあるのが視界に入った。

「なぁ、考え直してくれって」
「そうよ、なにも出ていくことなんてないんだよ?」
「すまない。だが、もう決めたことだ」

空気と言えばいいのだろうか。村人とは明らかに違う鋭い印象の女性だ。
腰には刀。彼女が噂の女剣士なのかもしれない。
私は彼女と村人たちのやり取りを伺うために、身を潜めて、近づくことにした。

「でも、なんで急に出ていくなんて言うんだよ。いいじゃないか、もっとゆっくりしていけば」
「拙者はこの地に長く留まりすぎたのだ。できれば、もっと早く立ち去るべきだった……ここはいい村だ。あまりにも居心地が良すぎた……皆の優しさに甘えてしまっていた……」
「いいじゃないか。石田さんは獣やら、あの変な化物から村を守ってくれてるんだ、気を使う必要なんてない」
「拙者がいるから、その化物が現れている……きっとそうだ。拙者が留まれば留まるほど、さらなる不幸が訪れるぞ」

彼女の名前は石田、というのか。
確か、名を馳せた巫剣の中に石田の名を持つものがある。
しかし、その名だけで彼女を巫剣と断定するのは早いか。
それに彼女の言う不幸という言葉が気になる。いったい、どういうことなんだ。

「不幸? なにを言って――」
「待て! ……なにか来るぞ」

石田の言葉に村人たちがざわめき始める。
またあの化物が来るのか、早く家に隠れないと、などと口々に言っている。
その中でひとり、彼女だけが相手をしっかりと見据えていた。

「来たか……」

彼女の前に現れたのは黒い怪物。
石田を捉えた怪物は呻き、咆哮をあげた――

「禍憑か。この村を襲うために来たのならば、ここで斬らせてもらう」

人間の剣士なら例え達人でも禍憑の相手にすらならない。だが、彼女は違っていた。

「刻んでやろう」

――一閃。
たった一撃で彼女は禍憑を祓ってみせた。
間違いない。彼女は巫剣だ。
その腕は語るまでもなく、今この場でしっかりと私の目に焼き付けられた。

「まただ……また拙者は皆を不幸に……」

禍憑が消えるのを確認すると、石田は村から遠ざかるように歩みを進める。

「待ってくれ! 本当に行ってしまうのか?」
「やはり、拙者がここにいてはいけない。もう決めた……拙者はもう、誰も不幸にはしたくない。拙者は誰とも関わるべきではないのだ……」

そう言って彼女は、振り向くことなく、その地を離れていく。

「できれば、わたしもここで……」

石田がなにか呟くように囁いたが、私には聞き取れなかった。
ただ、彼女の表情は酷く悲しげで――

「拙者に近づくな。関われば不幸になるぞ?」

視線こそ私へ向けられてはいないが、それは明らかに私に対して告げられた言葉だった。
私はその言葉に、しばらく動けなかった。

その後、私は村に戻り、彼女の情報を求めた。
彼女の正式な名は『石田切込正宗』。
村を去ったあとの行方は不明。
近隣を調べ、行方を追いかける。