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巫剣観察記

あざ丸

あざ丸

最近、めいじ館に務める一般の従業員の様子がおかしい。
具体的に言うと、言葉使いがおかしいのだ。
例えば、朝の風景。
今まではこうだった。

「おはようございます!」
「おはよう、今日も一日頑張ろう」
「はい! あ、ひょっとして髪切りました? 素敵ですね!」

実に爽やかな朝の光景である。笑顔で挨拶、めいじ館はとっても明るい職場なのだ。
ところが、今朝はこんな具合だった。

「……また、《新しい朝》を迎えてしまった……私の《痛み》は消えないというのに」
「……新たな一日を《祝福する資格》など、もう私にはないんだ……」
「……今日の君はまるであの時の……いや、なんでもない」

これらのセリフをのべたあと、思わせぶりな角度で顔を背けたり、よくわからないポーズを取ったりしている。
……暗い。
爽やかさのかけらもない。
さらに、全員に共通する要素がある。

眼帯だ。

なぜかみな、眼帯をつけているのだ。
はじめは眼病でも流行しはじめたのかと警戒したのだが、どうやらそうではないらしい。
しかし、一体なぜ眼帯をつけているのか聞いても、

「……この《右眼に封印されしもの》を……解き放つわけには……いかないんだっ!」

などと、益体のないことを言うばかりで全く理由がわからない。

あまりにも奇妙なこの「流行病」。
実害はなかったものの、なんらかの禍憑による影響ということも考えられる。
そこで事態を重く見た御華見衆は、観察方に原因究明を命じた訳である。

まず優秀なる観察方である私による調査の結果、この病は伝染することが判明した。
すでに罹患した患者に接することで、一定の割合の人間が感染する。
つまり感染元が存在するのだ。
そして、感染元にもまた感染元が存在する。

(ここまで来れば後は時間の問題だ……)

私は調査結果に自信を深める。
一つだけ気になったのは、感染者の言葉だった。

「これ以上深入りしすぎないほうがいい……《深淵》を覗けば……引き返せなくなるぞ」
(ふん、ばかばかしい……私は観察方。真実を見極めるのが私の仕事だ)

「ということで、感染の流れを逆に辿ることで、この病気の原因にたどり着いた訳です!」

そんな私の言葉をきき……目の前の巫剣は間の抜けた声を出した。

「はあ……?」

とぼける気だろうか。だが、残念。この私の目はごまかせない。

「……その原因こそ、貴方。あざ丸……貴方が犯人なのです!!」
「はんにん……? 何の話かまったく分からないのだが……」

私の目の前で、感染の大元である巫剣、あざ丸は眼を伏せた。
その右目は、やはり眼帯に覆われている。だが、その眼帯は他の感染者たちとは様子が違っていた。
年季が入っているのだ。一見しただけで、長い間着用してきたことがうかがえる。
眼帯を着けはじめた時期が最も古いものこそが、この現象の大元。
すなわち、その眼帯こそ彼女が感染元であることを示しているのだ。
その証拠をつきつけようとしたまさにその時、私はあざ丸の一言で意表をつかれることになる。

「分からないなりに、私が悪いことは認めよう……」

彼女はあっさりとその罪状を認めてしまったのだ。

「……あれ、私の見せ場は? じゃなくて、そんなにあっさり認めていいんですか?」

私の言葉に、あざ丸は頷く。

「事情は分からんが……この身が呪われていることは知っている」

そういって、陰のある笑顔で自嘲するように笑う。
その時。

(…………! えっ!?)

私の中に湧き起こった感情……これは一体?
動揺する私をよそに、あざ丸は続ける。

「どれだけ押さえ込もうとしても、疼いてしまうのだ……」
淡々と言葉を紡ぐあざ丸。
それを見つめながら、私は目が離せなかった。

(…………!!!)

ああ、どうしよう。
これは、危険だ。これ以上聞いてはいけない。

「……この右目の奥に封印した《祟り》がな」
(あああああああああ!!!!!!)

私は気付いてしまった。
何がこの病の原因だったか。

(あああ……この人の……陰のある雰囲気……言動……眼帯……)

そして、気付いてしまった時には、もう引き返せない。

かっこいいいいいいい!!!!

「やはり、ここに来たのは間違いだったか……ん? どうした?」
「い、いえ……その……」
「言いたいことがあれば言うがいい」
「そ、その……」
「迷惑をかけてしまったのなら、その責めは負おう」
「そそそそその……、その眼帯、どこで売ってますか!!!!」

真似したい。

もう、ダメだ。
あざ丸の……いえ、あざ丸師匠の全てがあまりにも格好よく、私はその魅力に取り憑かれてしまった。
私も眼帯を着けなければならない。
私も、陰のある、辛い過去を思わせる台詞を言いたい。
この身に宿りし欲望を止めることは、最早このか弱き身には不可能……。

こうして、私こと《ある一人の観察方》はその《奇妙な感染》の《深淵》に辿り着いた。
それは《祟りを刻まれし乙女》という運命を背負った巫剣だったのだ。
彼女の《業》はあまりにも《悲壮なる闇の輝き》に満ちており……それを認識したものを《模倣者》へと変えてしまうのである。

以上
御華見衆観察方、あるいは《歴史の闇の傍観者》より報告
……いや、これは報告ではない
《最後の希望》なのだ


追記
あざ丸を模倣する現象は、やがて収束した模様。
眼帯を外した感染者たちは口々に「いや……あれはその……熱に浮かされたというか……歴史の闇に葬ってください」などと語っている。
本報告書は、貴重な感染者自身による証言として永久に保存することとする。