
私は上司からよく「お前はいつも落ち着きがない」「騒がしい」「喧しい」「うるさい」――と言われる。
そんなに、たたみかけなくてもと悔しく思うけれど、自覚はある。
確かに私は間違っても、おしとやかな類の人間ではない。お喋りは好きだし、長く正座をしていられないし、感情が表に出やすい。隠密行動をするうえで、それってどうなんだとよく突っ込まれもする。
早く必要な落ち着きを手に入れて一人前になりたい。今年もそんなことを思いながら年が暮れていった。
12月31日、人々は1年を締めくくり、年の初めを祝うために初詣に繰り出していた。
私も今は慣れない晴着に袖を通し、とある神社に足を伸ばした。けれど初詣が目的じゃない。
新たに報告された巫剣・禡祭剣の調査のためだ。そう、例え年の瀬であっても任務があればそれを優先する。それが私の人生。自分で言っていて哀しくなってくるけれど。
「禡祭剣……とにかく賑やかな場所を好む……か」
その情報を頼りに当たりをつけ、今日はあちこち人の集まる場所を訪ね歩いてきた。
どれも空振りで、最後にたどり着いたのがこの神社だったというわけだ。正直もうくたくた。
「ここにもいなかったらどうしよ……」
人が集えば自然と場も華やぐ。誰もが忙しなく言葉を交わし、笑い合っている。おまけに境内では振舞われた酒に酔った人々が飲めや歌えやの大騒ぎだ。
「ひゃー賑やかだなー。でも、ここなら期待できるかな? 禡祭剣……禡祭剣は……と……あ」
「祭りじゃ! 祭りじゃー! なっはっは!」
陽気に踊る人の輪の真ん中で、ひと際、上機嫌で騒いでいる女の子が1人。
「みな、呑め呑め~! 金比羅船船出港じゃ~!」
「いた!! 禡祭剣いたぁ!!」
「ん? なんじゃぬし、不躾にわれの名を」
「あ、いや、その……!」
しまった。つい嬉しくて声をあげてしまった。私ってどうしてこうなんだろう。これだから上司にからかわれてしまうんだ。
「まあよい。年の締めくくりじゃ。笑って許して酒で流そうではないか! 祭りじゃー!」
「た、楽しそうですねー」
というか、随分酔っ払っているように見える。おかげで細かいことを追及されずにすんだわけだけれど。
「お酒、お好きなんですか?」
「酒が好きというよりも、祭りが好きなだけじゃ。この時期は祭りらしい祭りがなくて退屈しておった。が! 今日は大晦日ゆえ、祭りのつもりで昼間からあちこちの神社をはしごしておる!」
なるほど、報告にあったとおりだ。
「よ! お嬢ちゃん、誰だか知らないがいい飲みっぷりだ!」
群衆の中の誰かが禡祭剣のことをそう褒めそやす。
禡祭剣は「褒めるでない褒めるでない!」と気さくに声に反応し、周囲の笑いを誘っている。
見ず知らずの人たちの輪の中に飛び込んであっという間に仲よくなってしまったのだろう。これだけ愛らしくて明るい性格をしているならそれも肯ける。
「人が集い、歌う! 今日は善き日じゃのう! ほれ、ぬしも呑め!」
「え? わ、私ですか!? それはちょっと……!」
「ぬしも辛いことの1つや2つあろう。その涙、酒と共に呑み干せい!」
「ヒー! からみ酒~!!」
その時、境内にいた人々が歌うことをやめた。
見ると互いに和やかに挨拶を交わし、会釈をしている。
「明けましたなぁ」
「今年もひとつよろしく」
「明けましておめでとうございます」
「こちらこそ……」
そう、年が明けたのだ。
□
神社を訪れた人たちは順番にお参りをすませていく。
「うむ。めでたいのう!」
「そうですねぇ」
私と禡祭剣も挨拶を交わし、しばらく人々の流れを眺めていた。
さらに時が進むと、そのうちに参拝者は1人また1人と神社を後にするようになっていった。
「んん? なんじゃ、みなもう帰るのか?」
その様子に気づいた禡祭剣が人々の背中に声をかける。
「ええ、家で子供が寝てるもんで。そろそろ」
「さすがに飲みすぎちまいましたー。そんじゃひと足先に」
愛想よく手を振り、我が家へと帰っていく人々。
「お、おう。そうか……。では気をつけてな!」
禡祭剣はそんな人々を笑顔で見送る。
そうして新年の夜は更け、人は去り――気づけば境内に残ったのは禡祭剣と私の2人だけになっていた。
あの騒がしさが嘘のように、静寂が冷たい夜を覆う。
私はポツンとたたずむ禡祭剣の、小さな背中を見つめていた。
「終わっちゃった……。あんなに楽しかったのになぁ」
目に見えてしょんぼりしている。
「酒のめば、いとど寝られぬ夜の雪……じゃな……」
「えっと禡祭剣……さん? え? もしかして泣いてるんですか?」
「泣いとらんわ! 不敬な!」
「いや、でも明らかに」
「喧しー! ぬし、さっきからうるさいぞ! 少しは口を慎んだらどうじゃ!」
「禡祭剣さん……」
たった今、彼女について新たに1つわかったことがある。
禡祭剣は祭りが好きだ。そして――その後に来る静寂と寂しさがなによりも嫌いなのだ。
これは収穫だ。歩き回った末にここまで調査しに来た甲斐があった。
よし、これからすぐに本部に戻って報告書をまとめて……。
「………………なんて、年明け早々無理して働くこともない、か」
「なんじゃ、1人でぶつぶつと」
「仕事なんて、知るかぁぁーー!!」
「わぁ!! 急に大声を出すな!」
「禡祭剣さん、悪いけどこれからとことんつき合ってもらいますよ」
「え?」
「騒ぎ足りないと言ってるんです。それに初日の出も見なきゃ。まだまだつき合ってもらいますからね!」
「まだまだ……? これからもか?」
「そうです。あと、言っときますけど私、騒がしいことにかけては一目置かれてますので、覚悟しといてくださいね」
「ぬし……」
「禡祭剣さんがうるさいって言っても、静かにしろーって言っても、所構わず騒いじゃいますからね! わぁーー!!」
「だからうるさいと言うに! じゃが気に入った!! よし、ついてこい!!」
これからまだまだ禡祭剣の新たな一面を知ることができそうだ。
以上、1月3日までつき合わされて死にかけた御華見衆観察方より報告