
私は御華見衆の一人。
たぐいまれな美貌、そしてその容姿に相応しい優秀な能力を備えた観察方である。
その任務は、巫剣たちを密かに観察すること。
禍憑と戦う主戦力である巫剣たち。その存在には未だに謎が多い。
それを解き明かすのが、我々観察方の任務である。
そのために巫剣たちの「ありのままの姿」を知る必要がある。
ゆえに。
観察方は巫剣たちに存在を察知されてはならない。
最近、観察対象の巫剣たちと妙に仲良くなってしまっている気もするが、それは極めて例外的な事項である。
上司には「仲良くなったほうがよい情報が取れる気がしたんですぅ」と言い訳したし、飲み友達が増えたり、剣術が上達したりしたので満足しているが、基本的にはあってはならない事態であるということは覚えておいていただきたい。
さて。
巫剣たちに存在を察知されない。
これは容易なことではない。巫剣たちはそれぞれが剣の達人。
わずかな気配からでも簡単に見つかってしまうのだ。
そのため、観察方は完璧な隠密能力を持っている。
今、私の観察対象となっている巫剣は「山鳥毛一文字」。
美しく長い髪を三つ編みに結ったその姿は、一見年若い少女に見える。
だが、その姿とは異なり、かなり古くから存在する巫剣の一振りである。
観察任務にあたって私に与えられた資料によれば。
山鳥毛一文字は軽やかな身のこなしから繰り出される変則的な攻撃によって敵を翻弄する戦法を得意とする。
そして。
……敵地に潜入し、観察する任務なども得意としている。
ふふ。
私の心が躍る。
巫剣の中に我々、「観察方」と似た存在がいるとは。
私は上司との会話を思い出した。
「なるほど……巫剣の中の隠密、というわけですね?」
「そうだねえ……我々、観察方と似たところもあるね」
「つまり、私が見事、彼女を観察すれば、私のほうが優れた隠密だ、ということですね?」
私の言葉に、上司は変な顔をした。
「ん? ……ま、まあそうかな」
「では! 私のほうが優れた隠密だと分かれば、減給処分は取り消してもらえますね!?」
「いやあ、君、失敗続いてるしねえ……なんで観察相手の巫剣と仲良くなってるの……でもまあ、流石にかわいそうだし、次の任務が成功したら減給は取り消したいとは思っているけど」
「本当ですか!?」
「だって君、減給続きで生活相当苦しいでしょ?」
「う」
「……苦情が来てるんだよね……君のおなかの音がうるさくて仕事にならないって」
「うう」
「だから、この任務が上手くいったら処分は取り消すようにするから」
やった!
上司の言葉を聞き、私は大きな声で返事をした。
「焼き鳥!!」
「は?」
し、しまった。
つい色んな過程を飛ばして言葉が出てしまった。
胡乱な目でこちらを見る上司に、慌てて釈明する。
「あ、つ、つまりですね……減給じゃなくなれば、お金がなくて我慢している焼き鳥がやっと食べられるなあという気持ちがつい口からこぼれまして。やる気の表れです。」
「……あ、ああ……そう……ま、まあ……やる気があるのはいいことだね」
いかん。
上司がどん引きしている。
いけないのは貧乏なのに。
「と、とにかく、任務は把握いたしました。見事に観察してみせます。その巫剣…………焼き鳥毛一文字を!!!」
「名前間違ってるから」
ということで、私は今その焼き鳥……ではなく山鳥毛一文字を密かに追跡しているところだ。
はるか遠方だが、見失うことはない。
優れた観察方である私は視力も素晴らしいのだ。
これくらいの距離であれば、見失うことも……。
「あれ? いない?」
そんな馬鹿な。
一瞬前までいたはずの場所に山鳥毛一文字がいない。
まさか。
察知されたのか?
そんな馬鹿な。
だとすれば、彼女の気配察知能力は私の想像をはるかに上回っているということになる。
私は慌てて周囲を見る。
まだ見失ってほんのわずかな時間だ。遠くに行っているはずはない。
私は思わず駆け出しそうになり……
気付いた。
——見られている!?!
私の極めて優秀な観察方としての本能が、「私を監視している存在」があることを知らせた。
その視線の向きを辿ると……私の背後、建物の影に。
「……山鳥毛一文字!?」
いつのまにかあんなところに移動したのだろう。
おそるべき素早さである。
その上、私に気付かれない刹那のうちに、私の背後をとり、こちらを逆に観察しかえしてくるとは……なんという技倆!
私が驚愕とともに見つめる視線の先で。美しく長い髪の少女が不敵に笑う。
その意味は明白だ。
「わしを観察しようなどと……百年早いわ!」である。
口調などは、資料にあったものから補ってみた。
「くっ……なめるなっ……はッ!」
私は秘技の歩法を発動させる。
観察方でも使えるものの少ないこの技は、たとえ発見されていても自分の姿を相手に見失わせることが出来るのである。
案の定、山鳥毛一文字は私の姿を見失ったらしい。慌ててキョロキョロしてる。
私は山鳥毛一文字の背後、すぐ近くへと移動する。
そのまま、歩法を解除する。この技は極めて体力の負担が大きく、継続して使えるものではないのだ。
歩法を解除すると山鳥毛一文字は自分の背後にいる私にすぐに気付いてしまった。
「むう……わしが姿を見失うとは……!」
山鳥毛一文字が言う。近くにいたため、今度は肉声である。
「ふふ……おとなしく観察されなさい!」
私の言葉を聞いて、山鳥毛一文字はむっとしたようだった。
「この小童が……なめるでない!」
次の瞬間。
私は、再び山鳥毛一文字を見失った。
「なにっ!?」
この距離で、私が見失うとは。
だが、私とて観察方。
全力で感覚を研ぎ澄ませれば……!!
「……そこかっ!」
私の後方にいた山鳥毛一文字を発見する。
「む……存外早く見つかったのう……しかし、わしはこの距離でお主の意識から逃れた。さきほど、わしがお主を見失った距離よりはるかに短いこの距離で。つまり……わしの勝ちじゃな?」
山鳥毛一文字が「どやぁ」という顔をする。
「くっ……!」
確かに、彼女の言うことは一理ある。
近い距離から背後をとるほうが、遠距離より難しいのは理屈が通っている。
「だったら、これはどうかしら! はあああ!!!」
「むむ!!」
私は、再び、秘技を発動させ……移動する。
そして、山鳥毛一文字のすぐ背後から耳元で囁く。
「この距離から取り返したわよ、背中」
「くううう……! ならば! 今度はこっちの番じゃ!」
私の目の前から、山鳥毛一文字の姿が消える。
そして……。
「とったぞ、背中」
すぐ背後から話しかけられる。
「い、いつのまに!」
「わしの勝ちじゃな?」
山鳥毛一文字がおかしなことを言う。
そんなわけがない。
「ぐっ……今度はこっちの番よ! はあ!!」
私は再び背後をとる。そして宣言する。
「ほら、やっぱり私の勝ちよ!」
だが、山鳥毛一文字は認めない。
「なんじゃとお! 次はわしの番じゃ! ほれ! 背後とった!」
「くつ……じゃあ次は私の番ね! はああ!!」
「なにい! しかし……とりゃあ!!!」
「ぐふっ……でも、まだまだ!!」
……私と山鳥毛一文字は、それから死力の限りを尽くして、「背後を奪い合った」。
「お主……なかなかやるのう……そりゃ!」
「あなたこそ……やるわね! はああ!」
いつのまにか、私と山鳥毛一文字は互いを認め合う感情が生まれていた。
技を繰り出し合う私たちを、いつのまにか町人の子供が見ている。
「あのお姉ちゃんたちなにしてるのぉ?」
「こ、こら、指さしちゃいけません。大人だって鬼ごっこをしたい日もあるのよ、きっと」
そんな会話は、夢中になる私たちの耳には入ってこなかった……。
以上、御華見衆観察方より報告
特記:担当観察方はさらに一ヶ月の減給に処す
ただし、担当観察方には食費の前借りを許可する