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巫剣観察記

会津新藤五&会津正宗

会津新藤五&会津正宗

会津新藤五か会津正宗、どちらか一方を見つければそれはもう両者を発見したも同然である。
今回の調査対象についてそんな前情報を聞かされた時、私は随分誇張された表現をするものだと思った。

「つまりこの2人はいつもいっしょにいるってことよね。片方を見つければ、自然にもう片方もそのそばにいるはずだってことなんだろうけど」

そんな簡単なものだろうかと私は思っていたのだけれど、実際に発見した時、2人は見事にいっしょに行動していた。そうであることが当たり前みたいに。

「新藤五、あれはいったいなにをしているんでしょうか? 球を投げたり、木の棒で打ち返したり。不思議な遊び」
「あいさん知らないの? あれはアメリカから伝わってきた野球という競技だよ 」
「野球? 海を渡ってきたのですか。それは遠いところを遥々……」

2人は広い河川敷の土手に並んで座っている。会津新藤五が会津正宗になにかを教えているらしい。私は少し離れた場所に座ってそっと彼女らの会話に聞き耳を立てた。
河川敷の広場には結構な人数の大人が散らばっていて、その多くが片手に不思議な手袋をつけている。彼女らはその様子を眺めているようだ。
私も時々見かけてはなんだろうと思っていたけれど、あれはそういう名前だったのか。勉強になる。

「あら、空振り」
「いけませんね。腰が入っていません。素振りはもっとこう……」
「あいさん、あれは剣術とは違うから」
「違うのですか? 球を打ち返したらあの四角い目印まで走って、そこを守護している敵を斬り伏せて次へ歩を進めるのでは?」
「一塁の人斬っちゃダメでしょ。そんな命を賭して繰り広げる血生臭い競技じゃないよ。まあ、わたしも細かい作法ルールはよく知らないんだけどね」

流れるように会話がつながっていく。この2人はよっぽど相性がいいらしい。
見た目からは会津新藤五が随分幼く見え、対して会津正宗は大人びているので並んでいると歳の離れた姉妹のように映るのだが、会話を聞くに会津新藤五の方がお姉さんじみている。

「私が見たことのある球遊びというと蹴鞠くらいのものです。初めて見た時、人が脚であんな器用なことをしているのが信じられませんでした」
「確かに! ポンポーンってね」
「鍛錬次第でできないことはないんですね。きっとこの野球という競技もこれから先どんどん技術が洗練され、共有されて見応えのあるものになっていくのでしょう。剣術もそうして磨かれてきました。きっとこれから先の世でも」
「真面目だなあ」
「喋り過ぎてしまいました」

熱くなった自分を省みたのか、会津正宗は少し照れ臭そうに膝を抱いた。

「ううん。それがあいさんのいいところ」
「新藤五……」

なんだかいい雰囲気である。
私の割って入る隙間なんてなさそうだ。いや、立場上割って入るつもりは毛頭ないのだけれど。
と、そんな2人のところへ白球がポンポンと弾みながら転がってきた。
すみませーん! と野球をしている人たちが手を振っている。
先に意を察したのは会津新藤五だった。

「はいはーい! 任せてください!」

元気よく手を振り返すと、彼女は球を拾い上げてそれを彼らに投げ返した。
白球は山なりの放物線を描いて……と思いきや、意外にも一直線に相手に向かっていき、その手の中に見事に収まった。
おお! と太めの歓声があがる。どうやら予想外に球筋が鋭かったらしい。

「新藤五! 今のすごいです! どうやったんですか?」
「や、やめてよ。たまたまだってば!」
「いいえ、思わぬ才です。もっと自慢していいです」
「しないってばー」

会話を聞きながら私はクスクス笑った。
この会話だけで2人がどんな人物なのか概ねわかってしまう。今回の調査は過去にないほど楽に終わりそうだ。
なんてことを一瞬でも考えたのが仇となったのか、それから少し経って 野球をやっていた人たちのうちの何人かが、ふいに彼女らの元へ駆け寄ってきて、申し訳なさそうにこう言った。

「あの……試合の助っ人をお願いできませんか?」

「「ええっ??」」と2人の声がそろった。
どうも今までやっていたのは試合前の練習だったようで、いよいよここからが本番らしかったのだが、片方の陣営の何人かがどうしても急用で来られなくなってしまったという。

「先ほどの球筋、感服しました! 是非ともご助力を!」
「こ、困りますよう!」
「え? え? 私もですか!?」

是非に是非に! と頼み込まれて2人とも困っている様子だ。
しかしその顔には笑顔が浮かんでいる。
こうした、思いもかけない人との縁も楽しめるくらいの度量が彼女らにはあるのだろう。
会津新藤五と会津正宗が野球というものでどんな活躍を見せてくれるのか、他人事ながら私もなんだか楽しみになってきた。
ちなみに先ほど私は「仇になった」という表現を使った。
そう。事はそのまま終わらなかったのである。

「そちらのあなたも! 是非に!」
「はい!?」

その場の全員が私の方を見ていた。
欠員は3名だったらしい。
だから会津新藤五と会津正宗、そして私で3名の補充――とのこと。

「私も!? 無理です無理です!」

グワングワン首を横にふる私の肩に会津新藤五が手を置いてくる。

「誰だか知らないけど、いっしょに会津魂を見せてあげよう!」
「私は会津とは無関係ですがっ!?」

以上、9回裏で逆転勝利を収めた御華見衆観察方より報告