
「ううむ……この任務は、あの方法しかないか……」
私は一人呟いた。
御華見衆観察方は巫剣たちについて情報を集める際、様々な方法をとっている。
調査対象である巫剣に知られないよう観察することが基本であるが、例外的な手法も存在している。
たとえば、正体を隠して接触する方法。
巫剣が気軽に声を交わした茶店の店員が実は観察方の一人だったりするのだ。
そうやって得られた情報は当然、巫剣本人の言葉であるため、他の情報とは一線を画す価値を持つ。
今、私が調査している巫剣は水心子正秀。
この巫剣の観察をしばらく続けているのだが、どうもうまく報告書がまとまらないのだ。
一体、水心子正秀とはどんな巫剣なのか。
どうにもうまく像を結ばないのである。
こういう場合、得られている情報の解釈を間違っていると考えられる。
そこで、私はかなり思いきった手を使うことにした。
直接接触する方法の中でも、もっとも際どいが効果的な方法。
それは……。
「このたびは取材に応じていただきありがとうございます。日日日報の鈴木です。お忙しいのに申し訳ありません」
「No problem. ありがとうございます。鍛刀技術についてお聞きになりたいとか……?」
私は、偽名で水心子正秀に取材を申し込んだのだ。
わからないのならば、直接本人に質問してしまおうというのだ。
偽名であるが、日日日報には鈴木という記者が存在するし、その風貌は私と一致する。
もし水心子正秀が問い合わせても矛盾は出ないように根回し済みなのである。
これぞ、御華見衆観察方の真骨頂であるといえよう。
直接話すと、水心子正秀は穏やかで丁寧に話してくれる。
儚げな美少女の見た目通り、物静かで口数は多くないようだったがその話自体は明晰である。
ただ少し声が小さく、静かな部屋を取材用と称して借りておいたのは正解だったようだ。
「そうです、水心子正秀さんは鍛刀技術に詳しく、特に古来の鍛刀方法に明るいと聞き、是非お話を伺いたいと思いまして」
さらに。
私は「鍛刀技術について」水心子正秀に取材を申し込んだ。
そのため、警戒心なく取材に応じてくれたのである。
そう、水心子正秀は巫剣として戦うものでありながら、同時に高い鍛刀技術をその生みの親から受け継いでいる。
日々の手入れなどに詳しいのみならず、鍛刀技術そのものまで知っているとなると、これは極めて珍しい。
「この世の中で鍛刀について書いてもどれだけ読んでもらえるでしょうか?」
「と、いいますと?」
「Time flies……時代が変わり刀剣が戦の主役ではなくなってきていますから」
水心子正秀ははっきりとそう口にした。
(早速、来た……!)
私は内心で快哉を叫んだ。
私が身分を隠して取材をする、という荒技まで使うことになった疑問点はまさにここにあるからだ。
私が調査したところによると水心子正秀という巫剣は諸外国について詳しいらしい。
異国の言葉なども堪能であるというから、これはかなりのものだろう。
さきほどから、ちょこちょこと舶来の言葉を口にしているのはそのせいである。
うさんくさいと思ってはいけない。口癖のようなものなのだ。
そんな水心子正秀は新しい技術などについても詳しく、極めて開明的な考え方を持っている。
当然、彼女は気付いている。
刀が、すでに時代遅れになりつつあることに。
「鍛刀に詳しい水心子正秀さんがそれを言うのは不思議な感じがしますが。なぜそう思われるのでしょうか?」
私は疑問をぶつける。
なぜ開明派でありながら、水心子正秀は鍛刀技術を追求しているのか。
その真意が私にはわからず、報告をまとめかねていたのである。
「まず、刀というのは非常に扱いが難しい武器です。一人前になるまでに十年以上の月日を必要とします……技術というのは普通、より多くの人が使えるようにと進歩するものです」
「なるほど……扱いの難しい刀は他のものにとって替わられる、ということですね」
「その通りです」
そう言いながら、水心子正秀は少し目を伏せる。
「そう考えながら、水心子正秀さんが鍛刀技術を大切にされているのはなぜでしょう?」
水心子正秀は少し悩んだ。
「……そもそもは、鍛刀技術はいわば親から継いだ大切なもの。ですが、限界が見えてきて、新しい時代の技術も調べるようになったんですね」
「その限界というのは」
「鍛刀技術はかつてのほうが優れていたというのはご存じでしょうか?」
水心子正秀は語る。
かつての優れた刀工達の技。それらの多くがすでに失われてしまっている。
その技術を取り戻すための努力の結晶が、水心子正秀が継いだ鍛刀技術なのだという。
「ただ、昔のものをそのまま再現することは不可能なんです。採れる鉄の種類から変わってしまっていて。そもそも、含有する鉄以外の成分が……」
「は、はあ……」
(ま、まずい……)
私が調べているのは水心子正秀についてであって、鍛刀技術そのものではない。
鉄の成分の話など聞いても、それを報告するわけにはいかない。
私は話をぶったぎった。
「それで、新技術でそれを補おうと調べはじめたということでしょうか!!」
「That's right!!! でも、調べるうちに、刀は新しい未来を目指すべきだということを再確信しまして」
「なるほど……!」
(そういうことだったのか!)
私は、なぜ開明派の彼女が鍛刀を研究しているのか疑問だった。
しかし、これは因果関係が逆だったのだ。
鍛刀を研究しているうちに、結果的に開明派になった、というのが正しかったのである。
(よし、これで報告書が書ける!!)
私は内心ほくそえんだ。
これで、この任務は完了。
(あとは、この取材を適当に切り上げて……記事はお蔵入りになったことにでもすればいい……)
そんな私の思考を。
「However!!!!!!」
水心子正秀の大声が断ち切った。
「は、はう!?」
「Restoration!! 今こそ古刀への復古! たとえ時代が変わろうが、古刀の価値というのは少しも損なわれないのです!!!!!」
水心子正秀の様子が一変していた。
繊細で物静かな印象はどこへやら。
その声はまるで街路で演説する政治家のように朗々としている……といえば聞こえはよいが、つまりは不必要にでかい。
「古刀、そのexcellenceはまず、iron itselfの素晴らしさにあるのです!!!」
なにをいってるのかよくわからないが、ひとつだけわかる。
目がやばい。
「なかでも鎌倉時代の刀というのはですね……」
私の目を瞬きもせずにじっと見つめているが……その瞳は私を映してはいない。
自分の中の「鎌倉時代の幻影」を見ているのだ。
「あ、あの……そろそろ次の取材の時間がありましてですね」
そう言って立ちあがりかけた私を、光のない瞳の水心子正秀が止めた。
「Sit down!!!!」
なにを言っているかわかないが。
その迫力だけで、私は動けなくなった。
すごい、さすが巫剣だ。
「まず……そもそもの刀のhistoryからお教えしましょう。我が国における刃物のはじまりは……」
私はその後、数時間かけて鍛刀技術についての講義を聞かされることになったのだった。
報告。
水心子正秀は鍛刀技術について詳しいが、下手に聞いてはいけない。
以上、御華見衆観察方より報告