
帝都の街を、歩く一人の少女。
彼女こそ、私の観察対象である巫剣の五虎退吉光である。
周囲を気にして多少挙動不審なところはあるが、
はたから見ればごく普通の少女だ。
「今日は天気が良くて……お出かけ日和、だね……」
「がうがう!」
――彼女が、五匹の虎の子を連れていること以外は、だが。
無論、猫の見間違いではなく間違いなく本物だ。
「あら、ごこちゃん。今日も虎さんたちとお散歩かい?」
「えっ……あっ、はい……」
顔馴染みなのか、声を掛けられた彼女はその女性と話している。
……いや、ここで問題視するべきところは、彼女が虎を連れて歩いている事を受け入れているところだろう。
害がないとわかっているのか、それとも慣れてしまったのか。
もしくは……五虎退吉光の性格ゆえだろうか。
「あの……今日はお買い物に、来ていて……。虎さん、たちも……ついてきて、くれて……」
「がうがう!」
五虎退吉光はその名に虎の名前を冠しているというのに、どうにも気弱で人見知りだ。
観察を続けているうちに、彼女の危ういところが次々と目につく。
立場を忘れて、手助けしてしまいそうになってしまうほどだ。
「それじゃあ、気をつけていきなよ」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
しっかりとお礼を言って別れると、彼女は分かれ道で立ち止まった。
「そうだ……たまには違う道を通ってみようかな……」
「がう!」
いつもと違う道……それはとても危険ではないか。
そんな私の危惧は見事的中し、しばらくして五虎退吉光は見たことがないであろう景色の中で佇んでいた。
「あ、あれ……ここ……どこ、だろう……?」
いつもと違う道を虎たちに先導されて歩くうち、自分の歩く場所がわからなくなってしまったのだ。
「えっと……えっと……」
見知らぬところだ。困惑するのも無理もない。
周囲に人通りはあるが、声をかけようにも、その一歩が踏め出せないようだ。
どうしたものか……と私は考えた。
私なら、彼女を案内することはできる。
だが、他人である私が話しかけたところで、怯えさせてしまうのではないだろうか。
「がうがう、がうー!」
「え? そ、そうだね。歩かないと……」
虎に励まされたらしい、五虎退吉光は誰にも道を尋ねることなく、再び歩き始めてしまった。
このまま闇雲に進んでいくと、どんどん遠くに行ってしまうだろう。
仕方がないと思い切り、私は五虎退吉光に話しかけた。
「えっ? あ、あの……どうして、ごこが迷っているっ、て……」
しまった。確かにこれでは私の方が不審に思われても仕方がない。
いやしかし、私は善意で話しかけているのだ。それはきっと伝わるはず――
「――がうっ!!」
私が彼女に触れようとした瞬間、大きな唸り声とともに、白い塊が私へ向かって飛びかかってきた。
五虎退吉光は大人しい巫剣である。
人と接するのが苦手なようだが、話ができないというわけではない。
五虎退吉光の周囲を取り巻く虎たちは彼女の友人のようだ。
だが、不用意に五虎退吉光へ近付くとひっかき傷だらけにされる危険がある。
なので接触の際は十分に注意せよ。