
その日、私は長曾祢虎徹の情報を集めよとの命を受けた。
長曾祢虎徹については過去に一度観察報告を行なったことがあるのだが、ある程度の時を経た今、上層部はより深い情報を求めているとのことだった。
そこで私はまず場末のとある居酒屋へ向かった。日没後の今の時刻、彼女がいそうな場所と言えばここだろうと踏んだのだ。
そこは前回の接触の時になぜか酒の飲み比べをする羽目になってしまった店だった。
そっと暖簾をくぐり、店内を見渡す。
いた。店の一番奥、4人がけの席に案の定、長曾祢虎徹はいた。1人だ。
郷に入っては郷に従え。シラフでは相手の警戒心も解けないだろう。
私は冷酒を注文し、それを一息に飲み干し、いい具合に自分自身に酔いを回らせてから長曾祢虎徹の席へ向かった。
「やあ、虎徹さんじゃないですか。お久しぶりですね~」
若干の酔いの演技も織り交ぜて陽気に話しかけると、長曾祢虎徹が杯を傾ける手を止めてこちらを見た。
「ああん?なんだテメェは」
敵を威嚇する獣のような眼差しだ。
「やだなあ。私ですよ。いつぞや女の意地をかけてここで飲み比べをした私ですよ」
「黙れ。殺すぞ」
「き、奇遇ですね。これも何かの縁。ご一緒してもいいですか~?」
「テメェの肝臓を天日干しにしてツマミにしてやろうか」
「や、やだなあ。冗談ばっかり」
「店主に行って店のまな板借りてこい。俺が直接さばいてやる」
あれ……?なんだか当たりがキツイ。
長曾祢虎徹ってこんな人だったっけ?
確かに男勝りなところはあったけど、なんだかちょっと、ふつうに、怖い。
悪酔いしてるのかな?
長曾祢虎徹の様子に疑問を抱きながらも、ひとまずご機嫌をとって会話を続ける努力をする。
「ま、まあまあ。ここは奢りますから」
そうして彼女のために追加の酒を用意してみせると、そこでようやくその眉間から少しシワが消えた。
「お。誰だか知らねえが進んで俺に貢ぐとはいい心がけだ。殺すのは後にしてやる」
それでも後で殺されちゃうんだ。
「虎徹さんはお勤め終わりでこちらへ?」
長曾祢虎徹は物凄い勢いで酒を飲み干していく。以前はそれほどではなかったはずだが、あれからかなり酒に強くなったらしい。
「お勤めだあ?禍憑をぶち殺すだけのことにお勤めも掃き溜めもあるかよ。視界に入ったら皆殺し。そんだけだ」
「そ、そうですか」
果てしなく物騒な物言いに私の視線は泳ぐ。
しばらく会わない間に一体彼女に何があったのだろう。やさぐれているとか、イラついているとかいう程度の問題ではないように思う。
それによくよく観察してみると、外見的な装いもなんとなく印象が違う。
黒い手甲に黒い脚絆。壁に立てかけられた巨大な刀……?
正直、刀と呼んでもよいのか分からないほど、異様に長く、広く、厚い鉄塊。
そして彼女自身から発せられる攻撃的な雰囲気。
そう、それはまるで、別人のような――。
私は今、一体誰と対峙している?
考えた瞬間、理由の分からない悪寒が走った。
「ちょ、ちょっと厠に行ってきます」
たまらず席を立つ。
私は厠に入ると深呼吸をした。あまり深呼吸するのにふさわしい場所ではなかったけれど、とにかく一旦気持ちを沈めなければ動揺でボロを出してしまいかねない。
ついでに本当に用も足した。
「すいません。飲みすぎちゃったみたいで~」
おどけながら席に戻る。
しかし、そこに長曾祢虎徹の姿はなかった。
「あれ?」
もしかして、先に帰っちゃった?
焦って周囲を見渡す。
すると斜め向かいの席に長曾祢虎徹が座っていた。
「なーんだ、そっちへ移動したんですね。びっくりしましたよう」
自分の杯を持ってそちらへ移動する。
すると私の姿を目に止めるなり長曾祢虎徹が強引に肩を組んできた。
「おお! 奇遇だなあ!」
「え?え?」
彼女は満面の笑みで私を迎えてくれ、その上豪快に頭まで撫でてくれた。
先ほどまでとは打って変わった歓待ぶりに私は目を白黒させることしかできなかった。
「なんだい。誰かと飲んでたのか?」
「い、いえ、誰って……」
あなたと飲んでたんですけど。
「俺は今一仕事終えたとこでな! 一杯やろうと思って今来たとこだ!」
「へ?今?いや、さっきまでそこで……」
「せっかくだ。飲もう飲もう! こないだの勝負の続きだ!」
そう言って笑う長曾祢虎徹の表情は私の知る長曾祢虎徹そのものだった。
明るく、雄大で、温かい。
改めてよく見ると身につけている物も変わっている。というより、元に戻っていると言ったほうがいい。
しかしわけが分からない。私は狐にでも化かされたのだろうか。
それはともかく――。
「うわあああん! なんか、なんか怖かったですよおおおおおお!」
先ほどまでの刺々しい長曾祢虎徹とはあまりに違うその優しい対応にクラリときてしまった。
「な、なんだよ! ひっつくな! って、どこ触って……! ひゃっ!」
「恐ろしかったんですよおおおおおお! 殺すとか言うしー! もー!!」
「ダメだって……そ、そこは敏感な……!」
「優しいよう。こっちの虎徹さんは柔らかいし優しいよう!」
「悪酔いしてんじゃねえー!!」
結局、最初の奢り分も含めて、いろいろ私が支払うことになってしまったようだけれど、細かいことはあまり覚えていない。
とにかく、今は一刻も早くこの二日酔いが治ってくれることを祈るばかりだ。
それにしても、あの怖い長曾祢虎徹は一体なんだったのだろう……?
以上、御華見衆観察方より報告