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巫剣観察記

ソボロ助廣?

ソボロ助廣?

「あー……長湯しすぎた」

影打・長曾祢虎徹は窓から顔を出し、夜風で上気した頬を冷ましていた。
髪を珍しくひっつめにし、トロンとした表情を浮かべている。そのせいか、その顔は普段より幾分幼く見える。
それでいて菖蒲柄の浴衣を着崩す姿は粋な旅の女役者のようでもあった。
とても先日浅草で大立ち回りを演じ、住民に恐怖を味わわせた張本人には見えない。
 
「コテツ、真面目に聞いているの~?」
「聞いてるよ。俺は蕎麦でいいよ」
「誰が夕飯の出前の話をしているのよう! わたくし様はこの前の浅草でのことを反省しなさいと言っているの」

だらけている影打・虎徹に物申しているのは影打・ソボロ助廣だ。畳をバンバンと叩き、頬を膨らませている。こちらはきっちり抜かりなくいつもの服装に身を包んでいる。

「あなた、自力で禍憑を追い詰めておきながら御華見衆にまんまと手柄を横取りされたそうじゃないの~」
「あれは……あれだよ。いきなりアイツが出張ってきやがったから」
「長曾祢虎徹ね」
「そうだよ。あれはちょっと予想外だったな」
「余裕綽々という口ぶりだったくせに、本当は内心ドキドキしていたのね~」
「してねぇよ殺すぞ!」
「やってごらんなさい。斬り刻まれるのはあなたのほうよ~。それで、なぜむざむざ撤退したのかしら?」
「見逃してやっただけだ。目的の禍憑は確かに俺の手でぶっ殺したしな」
「見逃した~? 普段口癖みたいに『一度長曾祢虎徹と鉢合わせたら問答無用でぶっ殺す』とか息巻いていたくせに?」
「う……」
「それに御華見衆には今回禍憑を倒したのは長曾祢虎徹だと伝わっているらしいわよ。つまり美味しいところを持って行かれちゃったのね。情けな~い。ふがいな~い」

影打・ソボロは嗜虐的な微笑を浮かべ、影打・虎徹の二の腕を突く。
普通の男子ならまず立ち直れないか、新たな何かに目覚めそうな絡み方だ。

「自由軍の立場からその都度出現した禍憑を遊撃する。そうすれば御華見衆も我々の力を認めざるを得なくなり、向こうから首(こうべ)を垂れてくる。誰の発案だったかしらね~」
「ま、まだ始まったばっかだろ! こっからだよ! それともテメェ何か? こっちから頭を下げて御華見衆で働かせてくださいとでも言うつもりかよ」

影打・虎徹の言葉に影打・ソボロは鋭く目を細める。

「冗談じゃないわ」
「だろ。俺達は自分の力で成り上がる。いい子ちゃん面したヤツらの指図なんて受けねえ」

その点に関して両名の考えは一致しているようだった。

「まあそれはそれとしてだ! テメェ、コラ、ソボロ!」
「な、なによう」
「テメェもついさっき「相方」とやりあってきたばかりのはずだよな?」
「ええ、それはもう。闇に乗じて横から獲物をかっさらってやったわ~。あの時のアイツの顔ったら。うふふ」
「で、その手柄はちゃんと世間に伝わってるんだろうな? 追い詰めたヤツに手傷のひとつでも負わせたんだろうな?」
「あ、コテツ、そろそろ夕飯に」
「話をそらすな」
「う……」

一転攻勢。今度は影打・虎徹が影打・ソボロに詰め寄る。

「ほら。どうなんだよ? 言ってみな? 自分の口で言ってみな?」
「そ、そんなことうちの口からはよう言わん……」
「大丈夫だから。痛くしねえから。言え。言っちまえ」
「堪忍してぇ!」
「逃げんな!」

 とうとう2人は取っ組み合いを始めた。乙女同士がバタバタと畳の上を転げ回る。
髪は乱れ、帯ははだけ、人様には見せられない痴態が繰り広げられた。
 その時、突然階下から女の声がした。

「How many!! たくさんいるわ!」

その声に両名は喧嘩をやめて顔を見合わせた。

「はぁ、はぁ……。今の、スイシンシの声だよな?」
「はぁ、はぁ……ふう……。たくさんって、なんのことかしら~?」

ちょっと照れくさくなったのか、お互い無言で離れて乱れた呼吸と服装を正す。
今夜は熱帯夜。2人のなめらかなうなじに汗が浮かんでいる。

「一体なんだってんだよスイシンシ」
「こっちよ。こっち」

2人は声を頼りに夜の暗い階段を降りる。
勝手口から裏庭へ出ると夜空にぽっかりと満月が浮かんでいた。

「あら!」
 
思わず声を漏らしたのは影打・ソボロだ。
裏庭の低い垣根の向こうには小さいながら水量の豊富な川が通っている。
そこに無数のホタルが飛び交っていた。

「なんだホタルかよ。こんなことではしゃぐなんてスイシンシもガキだな。おーい、どこだ?」
「こっちよ」

影打・虎徹は悪態をつきつつもその姿を探す。
見ると声の主は垣根の向こうにいた。川の脇に腰を降ろし、白い両足を川の流れに浸している。

「お、それ涼しそうでいいな」

ホタルよりも涼に惹かれ、影打・虎徹は垣根の隙間から川べりに降りた。

「あーん待って! 袖が引っかかっちゃったわ~」

その背後で影打・ソボロが子供じみた悲鳴をあげる。
3人はそれからしばらく川辺に横に並び、美しい足先で水面を叩いた。
しかしその口から繰り出される言葉は「禍憑ぶち殺す」や「ねじり切る」「kill them all」といった言葉が大半だった。

以上、御華見衆観察方より報告