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巫剣観察記

熱田康継

熱田康継

その、少し変わった巫剣を発見したのは東京へ向かう汽車の二等車の中だった。
彼女、熱田康継は行儀よく両足をそろえ、背筋を伸ばして席についていた。まるで重要な式典に呼ばれた国賓かのようだ。
ただし首だけが真横を向き、そこで固定されている。
ただひたすらに窓の外を眺めているのだ。
よっぽど汽車と、そして窓の外を流れる風景が珍しいのだろう。瞳を輝かせ、まばたきも忘れて見入っている。
好奇心というものが両の瞳からこぼれ落ちているようだ。
私は少し離れた席からその様子を眺めていたのだけれど、何度「首、疲れません?」と声をかけようと思ったか知れない。
窓際にはどこで買ったか、あるいは乗り合わせた好人物からの頂き物か、夏みかんが1つ。

「えへへ」

熱田康継は時折手でそれを撫で、まだ食べてもないのに甘酸っぱいような、幸せそうな顔をする。
あとで食べるぞう。
絶対最高の頃合いで味わうぞう。
そう決意し、やがてくるその時を心の底から待ちわびている様子だ。

「そうか、彼女はずっと外を知らないでいたから……」

私は今更のように思い至る。
熱田康継。彼女はこの世に生まれてすぐに熱田神宮に奉納され、それ以降は熱田神宮の中だけで暮らしてきたため、外の世界、つまり世間というものを知らずに育った巫剣なのだ。
それがこの度外へと出た。御華見衆の招集に勇んで応じ、東京のめいじ館へ向かうために。
それならすべてが物珍しく思えて当然だろう。

「話には聞いとったけど 、外の世界はどえりゃあ賑やかだわ」

小さく肩を揺らしながら熱田康継がひとりごちる。名古屋のなまりが特徴的だ。
やがて周囲の乗客が黙したまま慣れた手つきで窓を下ろし始める。
もちろん私もそれに倣った。真っ黒になるのはごめんだ。
しかし熱田康継だけはなんのことかわからない様子であたりを見回すばかり。

「そうか、彼女はこれも知らないのよね」

少し迷ったが、他に声を掛ける人もいそうになかったので仕方なく私は席を立ち、彼女に声をかけた。

「あの、窓下ろしたほうがいいですよ」
「え? え? ど、どうしてですか?」

少し無理をして使う標準語がまた愛らしい。

「もうすぐトンネルだから」
「トンネル? あ! それ教わった! 山に大きな穴が空いとるんだ ! 中は真っ暗だって!」
「確かに真っ暗なんだけど、それだけじゃなくて、このままだと真っ黒になっちゃうので」
「真っ黒?」
「あ、急いだほうが……」

説明しているうち、あっという間にトンネルに入ってしまった。
熱田康継がわからないなりに遅れて窓を下ろしたが、隙間からわずかに煙が侵入してしまった。
次にトンネルを抜けて車内が明るくなった時には、私の顔も熱田康継の顔もすすで黒くなっていた。

「あちゃー。ご覧のとおり、トンネルの中では窓を下ろしておかないと列車の吐く煙が車内に入ってきて大変なことになるから、みんな窓を下ろすんです」
「煙……」

わかっているのかいないのか、彼女は「ほほう」とうなずいた。

「って言いたかったんだけど、ちょっと遅かったですね」
「ぷっ!」

私たちはお互いの黒い顔を見て笑い合った。

「教えてくれてありがとう! また外のことを知れてウチめちゃんこ嬉しい!」
「どういたしまして」
「でもびっくりこいたー。雨雲ってこうやってできとったんだね 」
「へ? 雨雲?」
「うん。雨の時に空に浮かんでる黒い雲」
「いや、あれと今の黒い煙は全然別で……」

その独創的な勘違いを正そうとした時、突然熱田康継が席を立ち歓声をあげた。

「わぁ〜!! やっぱりそうや!」

そしてふたたび窓を上げ、外に身を乗り出す。
何事かと私もそれに続いて外に顔を出す。
鼻先に冷たいものが降ってきた。

「ああ、雨ですね」

雨は突如ザッと音を立てて町に降り始めた。雨粒がキラキラと輝く。

「ほら、やっぱりさっきのは雨雲やった!」

熱田康継は世界の秘密を知った子供のように微笑んだ。

「あれぇ? それにしては空に雨雲が見当たらんね?」

確かに雨雲は出ていない。それどころか空には青空と太陽さえ見えている。

「これは狐の嫁入りですね」
「狐? え! 狐の結婚式やっとんの? どこで?」

私の言葉に熱田康継はまたしても強く食いつき、好奇心で目を輝かせた。

「どういうこと? それ、見てみたい! はぁー外の世界は不思議なことでいっぱいだがや! まっと話し聞かせて!」

そんな熱田康継の勢いに押される形で、結局私は彼女の隣の席に座った。
1つ咳払いをしてから彼女の疑問に答える。

「えっと、狐の嫁入りっていうのはですね――」

駅に着くまでの間、熱田康継はあと幾つの事柄に興味を持ち、私は幾つの事柄を教えてあげられるだろう。
当初の調査の予定とは違ってしまったけれど、これもよしとしよう。
旅は道連れだ。


以上、御華見衆観察方より報告