トップへ戻る

巫剣観察記

乱藤四郎

乱藤四郎

「この変質者……成敗してさしあげますわ!」

そう言い放った少女の名は鯰尾藤四郎。
髪を長く伸ばした、上品なお嬢様然とした彼女の行動は、残念ながらお嬢様とはかけ離れている。
少女は、男の首筋に刀を突きつけていたのだ。

「えっ? 変質者? えっ……!?」

突きつけられた男の方はといえば、突然飛び出してきた鯰尾藤四郎の姿を見てもなにが起きたのかわからないまま、とにかく生命の危機であることは察したらしく、ダラダラと冷や汗をかいていた。

「……なまっち、ちがう」

そんな鯰尾藤四郎を止めたのは、その場にいたもう一人の少女、乱藤四郎であった。
「幼い」といってもよいような年頃に見える彼女が、なぜか不思議な色香をまとっている。

「……違う、とおっしゃいますと?」
「そのひと、わるいひとじゃない」
「え?」

(その通りです!!)
一部始終を見ていた私は心の中で乱藤四郎の言葉に同意した。そう、男は変質者などではないのである。危うく冤罪で一人の男の人生が終了するところだったのだ。
男は道端で花を眺めていた少女……乱藤四郎が迷子なのではないかと心配をして声をかけただけなのだ。
無理もないことであろう。ひとたび刀を抜けば禍憑を圧倒する力を有している彼女だが、普段はひどくぼんやりとしているのである。彼女が道端で花を見ていたら、それこそ迷子の少女が途方にくれ、どうしてよいかわからないでいる様子に見えるかもしれない。
ということで、通りかかった親切な男が声をかけた。
次の瞬間。
どこからともなく現れたもう一人の少女が、男の首筋に刀をつきつけた。
これが私が目撃した事件の真相である。
なぜそんなに詳しく見ていたかって?
それが私の任務だったからだ。
私は御華見衆観察方。巫剣達を観察し、調査する役目なのである。
(これは……もしかすると……)
私は今回の任務が意外な展開を見せはじめていることに気付いた。

「次の観察対象は……あれ、乱藤四郎ですか……?」

数日前、呼び出された私は軽く首をかしげた。

「別の巫剣の予定だったのでは?」

私の質問は痛いところをついたらしい。上司は苦い顔をする。

「そうだったんだが……事情が変わってな」

上司の説明によるとこういうことだった。
「乱藤四郎が狙われている」という情報がもたらされたらしい。それも、狙っているものは複数おり、そのいずれもが「乱藤四郎に対して下劣な感情を催した不定の輩」だというのだ。

「それは……ゆゆしき事態ですね」
「しかし……どうも情報の出所がな……」
「出所?」

上司の呟きに反応すると、また微妙な顔をされる。
どうやら、一筋縄でいかない事情があるらしい。
それを詮索するのは私の任務ではない。

「……わかりました」

ということで、私は乱藤四郎の観察をしているというわけだ。
わかったことは、彼女は実に不思議な少女だということ。
口数は少なく、表情は読みづらい。ふらり、と外出しては蝶を追いかけていたりする。
なんとも危うく見える。観察対象との接触は厳禁なのだが、思わず助けに入りたくなってしまうほどに。
そう感じるのは私だけではないようで、道行く人が声をかけたりする。

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

という具合に。
その後、何が起こるかといえば……冒頭に書いた通りだ。
どこからともなく飛び出してくるのだ。彼女の姉……鯰尾藤四郎が。
そして、容赦なく斬り捨てようとして、乱藤四郎がそれを止めるのである。
その流れが繰り返されるのを、私はすでに何度も目撃していた。

「本当ですか? ……みーちゃんは騙されているのでは?」
「……だいじょぶ」

その言葉を聞いて、鯰尾藤四郎は一応納得したらしい。

「ちっ……ここはみーちゃんに免じて許してさしあげますが……」

そう言いながら、鯰尾藤四郎はゆっくりと刀を引く。わざわざ、首を斬るかのような動きを見せつけながら。
そして、艶やかに微笑んで言う。

「次に姿を見せたら命はないと思うがいいですわ……」
「ひっ、ひえええ……お助けを……」

男は慌てて逃げ去っていった。道端の少女に親切にしようとした結果、こんな目に遭うとはなんとも不幸である。

「気をつけてくださいね? 男は獣で、かわいいみーちゃんを狙っているのですから」
「……ん」

乱藤四郎が頷いたのを見て、鯰尾藤四郎は名残おしそうにしながらも出てきた時同様、一瞬で姿を消した。
一人残される乱藤四郎は、今あった出来事などなかったかのようにまた花に見入っている。
だが、彼女の姉が去ったわけではないことを、私は気付いていた。
少し離れた物陰から、鯰尾藤四郎は乱藤四郎を見守っているのである。
見事な隠れ方だ……観察方である私ですら、はじめは気付けなかったほどである。
その目的は、もちろん、乱藤四郎に近づくものを止めること。

「お嬢ちゃん、迷子かい?」

あ、また引っかかった。

「……という具合ですね」
「で、結局、乱藤四郎を狙う輩っていうのは」

報告を聞いた上司の言葉に、私は首を振る。

「ありえませんね……」

その疑いをかけられたものたちなら大量に見たが、その中に本当の不届き者は一人もいなかった……というのが私の観察結果だった。

「だよなあ……」

上司の困った様子に、私は薄々察していた事情を確信した。

「狙われてる、という情報の元は彼女の姉……鯰尾藤四郎ですね?」
「そう……巫剣、それも姉からの訴えだ、ただ退けるというわけにもいかなくてなあ……ご苦労だった」
「いえ、任務ですので……あ、ところで」

私は上司に対し、最後に事務的な質問をする。

「今回の報告書ですが、どの棚にしまえばよいでしょうか? ……結果としては、二人まとめての観察になってしまったのですが」

その言葉を聞いて、また上司は困った表情になった。

以上、御華見衆観察方より報告