
深夜の人通りのない街道。
今日は新月、既に街に明かりはなく、真っ暗な道が続いている。
俺はにっかり青江を調査するため、
深夜に香川の丸亀を訪れていた。
この時間を狙えば、恐らく彼女に見つかることもなく街へ入ることができるはずだ。
「あっ! お兄さん、こんばんわ。
こんな時間に散歩かな?」
闇から溶け出すように現れた、にっこりと微笑みを浮かべている女性。
俺の目の前にいる彼女こそが、巫剣『にっかり青江』だった。
「ああ、ごめんね。驚かせちゃったかな。別に怪しい人とかじゃないから安心して」
まさか、彼女が夜中に出歩いているとは予想外だった。
「この時間は人通りがなくて、ひとりで寂しかったんだ。
それでつい、声をかけちゃったの。
ほら、おばけとか出てきたら危ないから」
おばけ……にっかり青江は幽霊を斬ったことがあると聞いた。
一般的に禍憑の存在は知られていないから、恐らくそれを幽霊と勘違いして伝わったのだろうが。
「えっ? 散歩じゃなくて宿に行く途中? こんな夜中に大変だね」
あえてこの時間を選んだんだ。
むしろ、女性である君がいることが計算外だった。
「だったら、護衛してあげる。
私、こう見えても強いんだよ?」
再びにっこりと微笑んだにっかり青江は、俺の手を引いて歩き出した。
「へー、仕事の関係でこっちに来たんだ。私はこの辺りによくいるからわからないことがあったら、なんでも聞いてね」
宿までの道のりをにっかり青江と並んで歩いている内に世間話として色々と聞かれたが、俺が観察方とはわからないはずだ。
「私もこの辺りに来たのは最近なんだけど、ここの人によくしてもらってるうちに、すっかりこの街の住人なんだよね」
見知らぬ俺に親切にするのは自分が親切にされたから、そのお返しということか。
「……あ、こんなときに出てきちゃったんだね。私にお客さんみたい」
にっかり青江は変わらず笑顔のままでそう告げる。
お客さん? ……周囲には誰もいない。
彼女の言う、お客さんとはいったい誰だ。
「おばけ騒ぎがあるって街の人たちが噂してたから、もしかしてって思ってたんだ。
こうやって見回りに来てよかったよ」
いつの間にか、彼女は俺の前にいた。
どうやら彼女は暗闇の中でなにかと対峙しているようだ。
「街の人たちがね、困ってるの。アオがすごくお世話になってる人たちなの。
だから、ここから離れてもらえると助かるかな」
すると、周囲の空気が変わった。
背筋が凍るような、そんな空気が……。
変わらない笑顔のはずがそれを見ているとなぜか冷や汗が出てしまう。
「ごめんね……護衛はここまでみたい。宿まではもうちょっとだから。
このことは私とお兄さんの秘密、ね?」
そう言って、にっかり青江は闇に消えていった。
秘密、か。
確かに秘密を共有すれば、自然と話もできるだろう。
明日も、夜に散歩をしてみることとしよう。
以上、御華見衆監察方より報告とする。