
「私、単独での観察ですか?」
私は御華見衆観察方の一人。
……といっても、そう名乗ってしまうのはおこがましい立場でもある。
実は観察方に配属されたばかりの新人で、まだ先輩方について回っている段階なのだ。
「お前はど新人で、観察の基本も分かっていない。正直言って不安だが……事情があってな」
「ふふふ、ついに上層部も私の潜在能力に気付いてしまいましたか」
「……そうじゃない。正直言って、お前の単独任務には不安しかない」
「えー。そこはもうちょっと部下に華を持たせましょうよ」
「逆に調子に乗って失敗するタイプなんじゃないか、と見ているんだが」
「ひどい。……で、事情ってなんなんです?」
上司はげっそりとした様子で溜息をついた。
かわいそうに、相当疲れているらしい。
「上からのお達しでな。“先入観なし”での観察結果を寄越せ……と」
説明するとこういうことだった。
巫剣、大和守安定が突然めいじ館に転属した。
転属自体はよくあることだ。だが、その流れが問題だった。
御華見衆も組織である以上、こういう場合にはしかるべき手続きがある。
詳細ははぶくが、大和守安定は「しかるべき手続き」を無視し、突然転属願を出すと、誰の裁可も得ないままいきなりめいじ館へと向かってしまったらしい。
「……そりゃあまずいですね」
「組織としては非常にまずい……が、相手が巫剣だからな」
巫剣たちは、禍憑と戦うのになくてはならない戦力だ。様々な脅威にさらされている今、一人でも多くの巫剣の力が必要な状況だ。
しかし、巫剣は人間を超えた存在であり、相当変わっているものもいる。
中には規律や風紀を重要視しない、破天荒な巫剣だっている。
だからこそ、我々観察が必要なのだ。
「で、うちに問い合わせが来たわけ。大和守安定の行動の理由を教えてくれ、と」
「それが、今回の調査ですか?」
「実は報告書は出したんだよ、すでに。だが“今ある報告書は先入観に基づいて書かれているから信用できないと“」
「それで、私ですか……」
ということで、私は単身、めいじ館へと乗り込んだ。
「それで、わたしに話を聞きに来た、と」
目の前の人物の言葉に、私は頷いた。
「はい。ということで、転属の理由を教えてください」
「……あんたはん、変わってますなあ」
すらりとした肢体に、どこか妖艶な雰囲気を漂わせる美貌。
その袴には「ダンダラ模様」があしらわれ、かつて新選組の一員であったことをうかがわせる。
その美女――大和守安定は先ほどとは異なる方言、綺麗な京言葉で言う。
驚いて思わず素の口調に戻った、という様子だった。
「そうですかね?」
「あのね、新人さんだから知らないかもしれないけど……こういう場合は直接本人に聞いちゃダメですよ、教わりませんでした?」
気をとりなおしたらしく、言葉遣いが元に戻る。
どうやら、普段はこういう言葉遣いだが、素が出ると京都弁になるらしい。
よし、これは観察報告に書きつけておこう。
「確かにそういう風に教わったんですが」
「教わったんかい!」
「面倒じゃないですか。おお、今の……関西のツッコミ、というやつですね、ふむふむ」
大和守安定はツッコミに切れがある、さすが関西が長いだけのことはある……と。
これも書いておこう。
「面倒って……あんたはんと話すの疲れますなあ」
「そうですか? で、どうでしょう、教えてくれませんかね、転属の理由」
「いや、それはかましまへんけど」
「すっかり京都弁ですね」
「あんたはん相手に気つかうのも、なんかアホらしゅうてなあ……」
「光栄です」
「ほめてへん!」
おっ、またツッコミだ。
「……理由は簡単、局長についてきただけや」
「局長?」
「あんたはん、ほんまになんも知らんのやな……局長いうのは……ほら、あのお方や! 長曾祢虎徹はんや!」
大和守安定はその時、ちょうどそこに通りかかった巫剣を示した。
「長曾祢虎徹……おお、あの有名な」
その名前は私でも知っている。
颯爽と歩くその姿を見ながら、大和守安定はうっとりとしていた。
「ああ、局長……今日も素敵やわ……。さ、もう理由は話したし、こんなもんでええやろ?」
「え? いや、もうちょっとお話を」
「あきまへん、うちは局長とお話せな! ほな、ごめんやす」
「そこはほら、ぶぶ漬けおあがりやす、と言ってほしいところですが」
「なんでこんな道端でぶぶ漬け出さなあかんの!」
「おお、いいですね! そういうツッコミ! もっと下さい!」
「……もう堪忍しとくれやす」
げっそりと私に言った大和守安定は、すぐ気をとりなおした様子になって長曾祢虎徹のもとへと駆けていった。
「局長ーーーー!!!!」
「おう、やま……ってあああ! 俺を見かけるたびにくっつくんじゃねえ!!」
「だってええ! しばらく局長に会えなくて、寂しかったんですもん♪」
おいおい、「ですもん♪」って。
いくらなんでも、口調変わりすぎではないだろうか。
さっきまで鋭いツッコミを放っていた大和守安定はどこに行ってしまったのだろう。
「局長が配属されたって聞いて、慌ててついてきたんですから♪ こちらに来るまでの間、会えなくて、寂しくて死ぬかと思いました」
「来るまでの間って……すぐ来たじゃねえか」
「局長に会えない時間は一日だって百年に感じます!」
「それにしても、よくそんなにすぐ転属できたよなあ」
いや、「正確には」出来ていないんですけどね。
「局長と私の絆の賜物ですよ♪」
なるほど、規律破りの独断専行のことを、大和守安定は絆と呼ぶらしい。
さて。
「……ふむ、これで大体わかりましたね」
私は満足して独りごちた。
「……このあいだ、教えなかったか? 観察は本人に気付かれずに行えって」
「教わりましたね」
「じゃあなんで直接本人に聞いてるんだ!」
「だって面倒じゃないですか、そんなの聞けばわかりますよ」
私の論理的な言葉を聞いて、上司はげっそりとした様子で溜息をついた。
かわいそうに、相当疲れているらしい。
「お前と話していると疲れるな」
「よく言われます、それ」
大和守安定も言っていた。
「で……大和守安定がめいじ館に行った理由は、長曾祢虎徹を追いかけていったから、か」
「間違いないです。本人も言ってましたし、長曾祢虎徹の前では『♪』をつけてぶりっこしている様子も確認しました」
「やっぱりそうだよなあ……」
上司の言葉に、私は引っかかりを覚えた。
「やっぱり?」
「有名なんだよ、大和守安定が長曾祢虎徹に執着してるのは」
「ああ、それが先入観、ですか」
「そう……だから今回の行動の理由なんて端からわかりきってたんだ。最初からそう言ってるのに……」
そう言うと、上司はまた盛大に嘆息する。
「でも、貴重な新情報も得られましたし」
「新情報?」
「大和守安定のツッコミは鋭い」
「どうでもいいわ!」
以上、御華見衆観察方より報告