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巫剣観察記

抜丸

抜丸

英国公使館の話では、夕闇が迫る頃、木枯らしの中を疾風の如く駆け抜ける少女の姿が、頻繁に目撃されているという。
それも尋常じゃない速度で走り抜け、何やら長物を所持しているらしい。
飛脚がなくなり郵便制度が整備された昨今、夕暮れ時に異様な速度で疾走する者などそうそう有り得ない。しかもそれが長物を所持している少女であるならば、それは巫剣なのかも知れない。そう思った私は、さっそく現地に行ってみた。

夕暮れ時、内堀通りの街路樹に木枯らしが吹き抜けていく。
足元には落ち葉が地を埋め尽くすほどに敷き詰められている。
と、そこに竹箒を持った少女が一人、駆けて来た。
快活な風貌で、ちょっと肌寒そうな軽装に身を包んでいる。

「抜丸、参上! 抜刀、しゃきーん!」

少女は誰に言うでもなく、竹箒を掲げて名乗りを上げると、クルクルと器用に竹箒を振り回して構えた。そして、気合の掛け声と共に落ち葉を掻き集め始めたのだった。

「てえーい! うりゃうりゃ! とー!!!」

なぜか、いちいち掛け声をかけて、縦横無尽に往来を駆け回る。
明らかに足の運びが常人のそれとは違う。
すり足を使った神速歩行というやつで、明らかに一般人ではない。
時折舞うような跳躍を繰り返すその姿は、まるで氷上を剣舞しながら滑るが如くであった。
少女は瞬く間に道端に木の葉を積み上げていく。
間違いない、彼女は巫剣である。名乗りの通りなら、壇ノ浦の戦いに参加したという巫剣・抜丸なのだ。確か、観察方の情報によると小烏丸の妹分だったはず。れっきとした御華見衆の一員の巫剣が、英国公使館から不審者扱いなど、由々しきことだ。
これは注意しなければいけない。

なんと注意すれば、と思案していると、抜丸は集めた木の葉で焚火を始めた。
更にどこから出したのか、芋をその中に放り込んだ。

「ふふん。女子力とは抜け目のない気遣いと見つけたり。往来の落ち葉を掃除し、しかも焼き芋を焼いて小烏丸先輩のお土産にする、なんと私の閃きは抜群に冴えているのでしょう!」

自画自賛する可憐な少女は、そのまま焚火で暖を取ろうとする。

「しかし、寒くなってきたものです。この焚火で人々が暖を取ってくれるなら、それもまた抜群に冴えた善行となるでしょう! うんうん」

流石に見かねて、私は声をかけてみる。
木の葉を集めて往来を掃除するのは良いが、焚火はまずい。火の粉が公使館に飛ぶだけでも危険なのに、焼き芋を焼くなど、場所をわきまえるべきであった。

「え……!? ここ、焚火禁止なのでしたか! し、失礼しました!! す、すぐに消します!! み、水を……。」

仕方なくバケツを探してきて、消火してあげた。
芋は焼けていたらしく、それはちゃっかり避難させていたようだった。
一応、彼女は善行をしようとしていたらしいのだが、場所をわきまえるようにと説教をした。
聞くと一日一善、最近は竹箒を持って、往来を落ち葉掃除に回っていると言う。私は遠慮したのだが、彼女はお詫びに焼き芋をくれた。

「私、以後気をつけます。抜けていると言われないように、がんばります!」

そう言うと、芋が冷めない内にと抜丸は疾風の如く走り去っていった。
はきはきした口調に快活な表情、肌寒し晩秋に爽やかな風を感じることができた。
だが、芋はちょっと生焼けだった。
……やっぱり彼女は、どこか抜けているんじゃ?
彼女の元気の空回りぶりがすこぶる心配になった。