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巫剣観察記

浦島虎徹

浦島虎徹

目標の巫剣は大抵浜辺にいる。
その情報を頼りに私は早朝から関東近郊のあらゆる浜辺を訪ね歩いたのだが――どこにも居なかった。
「大抵浜辺にいる巫剣」というのも謎は謎だが(潮風で錆びたりしないの? なんていうのは私の余計な心配なのだろうか)、そんな巫剣が今日に限ってきていないというのも、それはそれで何故? と思わなくもない。

「いや、単に私に運がないだけか」

そうして独りごちながらトボトボと舞い戻って、というか、たどり着いたのは浅草だった。

「浜辺にも海にもまったく縁がない場所に来ちゃった……」
どこかで茶でも飲んで涼もうか――そう思いかけた時、視界にある建物が入ってきた。

「ん……? あれって……水族館?」

それは今年開業したばかりの浅草公園水族館だった。生きている状態のさまざまな海のモノを気軽に見学できるとのことで近ごろ話題となっている。

「……まさか、ねぇ」

なにか確信があったわけではなかった。それでも私は吸い寄せられるようにその中へと足を踏み入れた。
少し薄暗い室内。壁に窓がついていて水槽が並んでいる。それぞれの水槽の中にサメだのウツボだのカニだのといった生き物が泳いでいる。
中はそれなりの混み具合だったけれど、空気がどこか冷んやりとしていたのが救いだった。
いくらか歩みを進めた私は特別周囲に視線を這わすでも凝らすでもなく、容易にその姿を見つけてしまった。
青い着物と腰元の朱色のリボンが特徴的な、その少女の姿を。

「いたぁぁ――――――!!」

驚きとうれしさが相まって、つい職務を忘れて叫んでしまった。
いた! いた! と連呼しながら相手を指差し、大股で距離を縮める。

「うあぁぁ―――!! なんだおまえ――――――!!」

少女は後ろへ飛び上がって驚く。手に持っている釣竿をブンブン振り回して警戒している。
そう。この少女こそ今回の観察対象である浦島虎徹だ。いた。こんなところにいた。

「あ、しまった! 巫剣にこっちから接触しちゃった!」

今更ながら自分のヘマに気づく。情報収拾はあくまで隠密が鉄則だというのに、対象を見つけたからって指を差しながら近づくなんてもっての外だ。

「なんだよおまえっ! あ、あたしになにか文句でもあるのか!?」
「あ、いや……そうじゃなくて……その……。そう! いたー! やっと見れたー! ウミガメだー! う、うれしー!」

私は苦し紛れに浦島虎徹の背後の水槽にいたウミガメを指差した。
流石に言い訳としてはちょっと苦しいかな? と思ったのだけれど――。

「なんだ、おまえもカメ見にきたのか? 好きなのか? 同志?」

浦島虎徹はあっさり信じてくれた。それどころか物凄い好印象を与えることに成功したようだった。

「あたしもここのうをのぞき(観魚室)、前々から気になってたんだよー。いつもは浜辺でカメを探してるんだけど、たまには他の場所も当たってみようと思って!」
「ああ……それで今日は海にはいなかったのね……」
「うん?」
「いや、なんでも」

海にいないならあとは水族館しかない。そんなこじつけに近い細い糸を辿ってここへ立ち寄ったのだが、まさか本当にいるとは思わなかった。

「あ、あなた、カメ好きなのねー」
「す、好きじゃない! あたしは竜宮城へ行く方法を探してるだけ!」
「竜宮城? それってあのおとぎ話の?」
「竜宮城へ行く方法といえば?」
「……助けたカメの背に乗る?」
「そうだ! だからこれからこの水槽に囚われているこのウミガメを助けてやろうと思う!」
「そ、それはちょっと……。それにあの……大変言いにくいんだけど、カメならあなたの頭の上に乗っかってる……けど?」

そう。浦島虎徹の頭の上にいるのだ。ずっと。カメが。生きている生ガメが。
気安く触れちゃいけない部分かなと思って放置していたのだ。

「うん? わか吉のこと? ダメダメ! こいつは竜宮城なんて連れてってくれないよ。てんでダメなやつでさー」
「あ、気づいてないわけじゃなかったのね」

その後、私は隙を見ては水槽のカメを逃がそうとする浦島虎徹を幾度となく制止することとなった。
そうこうしている間に水族館も閉館の時刻に。外へ出るとすでに日は暮れていた。

「なんで邪魔するんだよー」
「大人として水槽の叩き割りは看過できません」
「ケチー。さてはおまえ乙姫の手先だな? タイかヒラメのどっちかだな?」
「違うよ。エラはついてないよ。どうしてそんなに竜宮城にこだわってるのか知らないけど、どうしても行きたいならカメを助ける前に図書館で浦島伝説のこと調べてみたらどう?」
「え? なにそれ? 調べられるの?」

ものすごいキラキラした目で見てくる。単に物を知らないのか、純粋なのか。いや、かわいいけど。

「今日はもう閉まっちゃってると思うけど、行けばいろんな本があるよ。場所は――」
私は図書館の場所を教え、その日は彼女と別れた。とにかく歩き疲れていたし、浦島虎徹との問答にも疲れ切っていたのだ。
観察の続きはまた後日改めてすることにした。


「おーい!」
道端で浦島虎徹が元気に声をかけてきたのは、その2日後のことだった。
彼女は満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。

「探したぞ!」
「私、探されてたの?」

実は昨日1日私の方も改めて浦島虎徹のことを探し歩いていたのだが、またもやまったく見つけられず途方に暮れていたのだった。浦島虎徹は探そうとすると見つからない。

「あのね、言われた通り図書館ってとこに行って本を読んできた! それでな! 竜宮城のこと、いろいろわかったぞ!」
「そ、そう。それはなによりで」
「うん! なんでも浦島伝説は全国に残ってるらしくてな! 福島、京都、香川とか」
「候補がたくさんで迷っちゃうね」
「そうなんだ。だからとりあえず南の鹿児島から順に当たってみようと思うんだ! どうかな?」
「え? 実際にめぐり歩くの? これから?」
「当然だろ! うひゃーこれから忙しくなるぞう!」
「え? え? 1人で?」

よかれと思って図書館を進めた手前、ここまで決意されてしまうと奇妙な罪悪感が生まれてくる。

「子供1人で全国をフィールドワークするっていうのは危ないんじゃ……。それに旅費の問題とかもいろいろ……」

なんとか穏便に諦めさせようと試みてみる。
だがそんな私を見て浦島虎徹は目をパチクリさせた。

「なに言ってるんだ? おまえもいっしょに来るんだよ」
「ヒィ!」
そっちの展開ですか。
彼女は私の手を取るとグイグイ引っ張って歩き出してしまう。

「ちょ、ちょっと待って! いっしょにって……わ、私そんなつもりじゃ! ち、違うんです堪忍して!」
「さあ同志よ! いずれ乙姫を打ち取る日まで、我らは戦いぬくぞ!!」
「いーや――!」
助けた浦島にさらわれて――。

以上、御華見衆観察方、鹿児島の浜辺より報告