
夜の銀座四丁目に醜き男の叫びが木霊する。
巷で噂の世直し侍。
遂に出たのかと、声の方へと駆けつけた。
そこでは般若の面をつけ帯刀した長い黒髪の女が、悪徳商人をふん縛り、その尻を踏みにじっていた。
「外道が、恥をしれい!」
恐ろしき般若の面を被っていても、凛と透き通った声に、丸みを帯びながらも洗練された肢体から、乙女だと想像ができる。
「この世に巣食う醜い鬼を斬ってくれよう……大般若!」
それは巷に噂される世直し侍「大般若」である。
「さあ、数えるがいい、お前の罪は一体幾らの価値がある? 般若心経何巻分なのだ? さあさあさあ!」
彼女の踵は悪徳商人の尻に食い込み続け、醜い顔を悶絶させる。
「高貴なる余のお眼鏡に叶った悪行を世に白状せい!」
気づけば、周囲には多くの人々が集まっていて、衆人環視の寸劇にすら見える有様である。
「よっ! 待ってました。世直し侍!!」
誰かが叫ぶと、人々が一斉にやんややんやと囃し立てていく。
般若の面が周囲を見渡し、胸の間から折り畳まれた一枚の紙切れを取り出す。そして、悪徳商人の額に貼り付ける。
「この者、横領と横流しの中悪党」
そう書かれた紙を高らかに読み上げる。
「余に裁かれるお前は幸せ者だな。しかし、貴様はまだまだ小悪党に毛が生えた程度の中悪党。されど罪に大きいも小さいもない。その罪の重さを背負って人々に謝るがいい!」
「ご、後生です、ご勘弁を~!」
「ならん、余は罪の前では鬼である。故に般若の面を被るのだ。世直しのために! 余が理であるのだ!」
何たる不遜な態度。巷で噂の世直し侍とのことだが、あれはどう見ても……。
ひとしきり、悪徳商人を衆人の前で謝罪をさせると、満足したのか、乙女は風のように立ち消える。
いや、イタチのように、建築物の壁を駆け上がるように飛び跳ねて、周囲では一際高い時計塔の上に飛び乗る。巷を見下ろす、その姿は正しく、忍者の如し。
間違いない。あの身体能力は巫剣だ。そして、般若の面を被り、己の価値を高いと誇る。御華見衆の巫剣名物帳によれば、大般若長光である。
その姿を追ってみると、大般若は月を見て佇み、般若の面を外していた。月光のせいで、その素顔は輝いて見える。
「うむ……今日の世直しは爽快であった。はっはっはっは!」
月に向かって高笑いをする様は滑稽ではある。だが、大般若は目を見張るほど洗練された美貌を湛えていた。
その迷いのない瞳が、彼女の揺るぎない正義の証に見えた。
……大般若長光は健勝である。
以上を御華見衆観察方の報告とする。