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巫剣観察記

長曾祢虎徹?

長曾祢虎徹?

石畳にカラコロと下駄の音が鳴る。
その日、近所の神社で縁日が開かれていた。
そのような庶民の浮かれた催しなど、抜き身の刀のような影打たちには無縁のものであろう。
そう思われたのだが、コテツ、ソボロ、スイシンシの3人はちゃっかり足を向けていた。
 
「へ、変じゃないよな?」
「ちっとも変じゃないわ~。コテツの浴衣姿、素敵よ~♪」

しかも3人ともきっちりと髪を結い上げ、かわいらしい浴衣姿に身を包んでいる。

「や……やっぱやめた! こんな格好俺にはありえねえ!!」
「あ~ん。なんで~」
「今更なにを恥ずかしがってるのよ。グズグズしないでもらえるかしら」

だが神社までもうすぐという段になってなお、影打・虎徹だけが浴衣姿に抵抗を示していた。
彼女は桜色のかわいらしい浴衣姿で、髪には朱色のかんざしを刺している。その出で立ちがどうしても恥ずかしいらしい。

「なんで俺がこんな媚びた格好しなきゃならねえんだ。くだらねえ」
「バカね。さっきも説明したでしょう。今日は縁日。神社には屋台がたくさん並ぶわ。もちろんそこには食べ物もたくさん」
「食べ物……」
「But……わたしたちにはお金がない。お金がないからなにも買えない!」

スイシンシは心底口惜しそうに言う。

「でもぉ~ごーじゃすに着飾って参道を歩けば、きっとわたくし様たちの色香に惑わされて、タダでいろいろくれるはず!」
「Genius! 飴細工に焼き鳥に団子。すべて思うがままよ」
「う……。お、おまえらやけにたくましくなったよな……。だけどな、金のことならなんとかなるんだよ。ちょうどおいしい話があって――」
「さあ! ボヤボヤしてたら縁日が終わっちゃうわよ~♪」
「話を聞けって! だぁ~~! せ、背中を押すなっ!」
 
2人の勢いにさしもの影打・虎徹も折れるしかなかった。
結局浴衣の裾を気にしながら最後尾を歩き、縁日を練り歩いたのだった。
その結果――。

「Why!? 誰も! ちっとも! 食べ物をよこさなかったわ!」

収穫はまったくのゼロ。
影打・水心子は帰りの道中、憤懣やるかたなしといった様子で巾着を振り回していた。

「う~ん、無理もないわねえ……。だってコテツがあんな猛獣みたいな眼光で周囲を威圧するんだもの。あれじゃ怖くて誰も近づけないわ~」
「お、俺のせいじゃねえ! いやらしい目でこっちを見てくるヤツらが悪いんだよ!」
「Shut up! そのためにみんなで着飾ったんじゃないの」
「そうよそうよ~。せっかくかわいいのにギスギスしてちゃもったいないわ~」
「か、かわいいって……」
「かわいいわよう♪  ね? スイシンシもそう思うでしょう?」

思わぬ話題を振られた影打・水心子は一瞬言葉に詰まったが、やがてフンとそっぽを向き、不承不承口を開いた。

「ま、まあ? ふだんのコテツに比べればちょっとはマシかなって思わなくも……なかったけど」
「うふふ♪ ほ~ら、スイシンシもコテツのことかわいいって~」
「なっ……わたしは別にかわいいとまでは言ってな……」
「かわいいよ! コテツかわいい! ここ十年で一番の美女! か~わいい! あそれ、か~わいい~~!」

やにわにソボロは手拍子をしながらコテツの周囲を回り始める。
影打・ソボロ作詞・作曲・振り付けのかわいい音頭である。道行く人々もその掛け声に誘われるようにコテツの方を振り向く。
誰もが口々に「なるほど」とか「確かに」と漏らす。

「う……うう……」

そんな状況にコテツは耳まで真っ赤に染めて下を向いてしまう。
が、やがて暗い目をして顔をあげるとバキボキと指を鳴らした。

「……今振り向いたヤツ、全員ブッ殺す!」

そう怒鳴ったコテツの腹が鳴った。

「…………帰るか」

なんだか虚しくなり、3人は静かに頷きあった。

          □

借りている宿へ戻ってもまだ日は高かった。

「あ、そうだ」

階段を上がりがてら思い出したようにコテツが口を開く。

「さっき言いそびれたんだけどよぉ、いい仕事の話があってな……」
「あら、なにか貼ってあるわよ」

だがそれは影打・水心子の言葉によって遮られてしまう。
見ると、確かに部屋の戸に張り紙がしてあった。

「なんだこれ? 大家のばーさんが貼ったのか」
「軒下の蜂の巣を駆除しておけ……と書いてあるわね」
「蜂の巣~?」

玄関から表へ出て確かめてみると、確かに2階の軒下に大きな蜂の巣がぶら下がっていた。

「なんで俺たちが蜂の巣なんか。くっだらねえ。無視だ無視」
「そうね~。蜂の巣駆除なんて庶民にやらせればいいのよ~」
「Wait……夜までに駆除できてなかったら出て行ってもらう……と書いてあるわ」
「っしゃぁ!! とっとと片付けるぞ!」

この宿を管理する老婆は3人の素性を勘ぐることもなく部屋を使わせてくれ、時々食事も差し入れてくれる。家賃も破格だ。
今追い出されるのは非常に具合が悪かった。
影打・虎徹は彼女自身である「長曾祢虎徹」を握ると蜂の巣の下に立った。浴衣の美女が日本刀を構える姿は、驚くほど絵になっていた。

「オラァ!」

助走なしで蜂の巣の高さまで跳躍し、一閃。
またたく間に蜂の巣は軒先から切り離され、地面へ落ちる。
よく育ったスイカほどの大きさもある巣は落下の衝撃で砕けた。

「ハッ! どうだ。こんなの俺の手にかかれば一瞬……」

だが落ちて割れた巣の中から怒れる住人たちが一斉に飛び出してきた。

「えっ? あれ? ちょ」

影打・虎徹はとっさに刀を振ったが、小さくて身軽な蜂を斬ることができない。

「痛ァ! いててててッ!」

影打・虎徹の危機に、はたで見ていた2人も抜刀する。

「これ、スズメバチよ~! コテツ、距離を取って!」
「フン、まとめて氷漬けにしてあげる……って、痛ァ!」

思わぬ死闘は結局日没まで続いた。

「Shit……ひどい一日だったわ……」
「もうやだぁ。疲れたわ~」

蜂の巣駆除を終えた3人は疲れ切って部屋でぐったりしていた。
それぞれお腹を圧迫する浴衣の帯をすっかり解いている。解かれた色とりどりの帯が巻物みたいに部屋を縦横断し、絡み合っていた。
どこからともなくヒグラシの淋しげな鳴き声が聞こえる。

「いいこと起きないかな」

影打・水心子がポツリと漏らす。
するとそれに反応したかのように突然横になっていた影打・虎徹が起き上がった。

「そうだよ! だからあるんだって!」
「び、びっくりするじゃない……。なんなのよ!」
「いい話があんだよ!」

影打・虎徹はそのまま立ち上がる。着物の前がはだけているが、気づいていない。

「仕事だよ! それも、ラクに儲かる仕事だ!」
「仕事? 本当なの~?」
「さっきから時々言いかけていたのはそのこと?」
「とにかく耳を貸せ!」
 
3人は部屋の中央で身を寄せ合って輪を作った。
3人分の乳房がおしくらまんじゅうをしている。

「仕事って~禍憑討伐ぅ~?」
「あったりめぇだ。こっから北に半日進んだ山間部に小さな農村がある。依頼主はそこの村長だ」

そこまで聞いて影打・ソボロはバカにするように舌を出してせせら笑った。

「えぇ~小さなのーそん~? ちょっとちょっと、その話大丈夫なのかしら~?」
「最後まで聞けこのバカ。ごーじゃすバカ。その村はもうずっと禍憑の被害に悩まされてるらしくてな。近くの山に奴らの巣でもあるのか、時折村に降りてきては荒らしてくそうだ。だが何しろ僻地も僻地だ。御華見衆も手が回らず、村の連中は今まで泣き寝入りしてたってよ」
「I got it. で、その話を聞きつけたコテツが禍憑退治を請け負った」
「そう言うことだ。もちろん謝礼金は多めにふっかけさせてもらったがな」

影打・虎徹は若干ゲスい微笑を浮かべた。

「金は村人全員でかき集めたそうだぜ」
「でもでも~、そんな小さな村が出せるお金なんて~たかが知れてるんじゃないの~? わたくし様はそれが心配なのよう。はした金じゃ嫌ァ~! 大金がいいの大金がァ~!」
「よーしよしよし落ち着けソボロ。安心しろ。謝礼はあくまでオマケ。本命は別にある」
「と言うと……?」

そこで影打・虎徹はさらに2人に顔を近づけた。ほとんど頬と頬がくっつく距離だ。

「実は一部の企業の間で噂になってんだけどよぉ、その山じゃ金が採れるらしい。だが村人はそいつに気づいてねぇ。なにしろ昔から禍憑が住み着いていて満足に山へ立ち入ることができてなかったんだからな」
「本当に金が眠っているの……?」
「信憑性は高いらしい。だが禍憑が邪魔で調査にも乗り出せねぇ。そこで俺たちが禍憑を残らず駆除する。当然企業は大喜び。俺たちのおかげで大儲けだ。そうなったら――」
「わたくし様たちへの謝礼も大量に!」
「その通りだぜソボロ! そしたらどんな高級旅館だろうが止まり放題だぞ」
「So nice! わたしたちの名前も売れて一石二鳥ね!」

影打たちはお互いの手を小気味好く合わせ、「おちゃらかほい」をして喜ぶ。まるですでに大量の金を手に入れたようなはしゃぎ様だった。

「金……金……お金。これで贅沢三昧……左うちわ…………」

影打・ソボロはうっとりしている。

「そうと決まれば明日にでもその村に出立しましょう!」
「おう! 蜂の巣駆除の次は禍憑の巣駆除だぜ! テメェら気合入れろよ!」

すっかり日の暮れた座敷の中央で、乱れた浴衣の3人娘がそろって声を上げる。
見ようによってはかなり異様な光景だったが、本人たちは実に楽しそうだった。
 
以上、御華見衆観察方より報告