トップへ戻る
MENU

巫剣観察記

水神切兼光

水神切兼光

水神切兼光。
御華見衆随一の歌声の持ち主であるらしいという巫剣である。
今回の調査は、その歌声についてだ。
情報を得た私はその公演会場……寄席へと向かっていた。

私は御華見衆観察方。
闇に潜み、巫剣の情報を収集する諜報員だ。
影に生きる私は、正直言って、こういった催し物に来ることは滅多にない。
そのあたりの経験のなさと、わずかな油断が、不測の事態を招いてしまった。
なんと、私は門前払いされてしまったのである。

「はあ!? 券も持ってないのにスイちゃんの公演に入れるわけないだろ!」

会場に来て、そこに立っていた男に聞いてみればこの返答である。

「……券がいるのか」

確かに、周囲を見れば「あまり券買います」と札をかかげたものたちがいる。
なんということだ。てっきり巫剣が趣味で歌をやっている程度のものと思っていたが、そんなに人気があるとは。

「発売二秒で即完売だよ!! くそ! 運営はもっと大きい小屋を用意しやがれ!!!」

くっ!
これでは、情報収集が出来ないではないか。
その時。
さきほどの男が私の肩を叩いた。

「お前、新参だな……こっちに来い」

その男の鋭い目つき。
……観察方としての勘が、なにかある、と告げた。
人影のないほうへ私を誘導する男。
ひょっとすると、罠かもしれない。だが、私は果敢に男についていく。
私は御華見衆観察方。情報を手に入れるためには、危険などかえりみない。

その男に案内されたのは寄席の裏手だった。
そこには建物の壁にわずかに隙間があいている。
どうやら、そこからなら中の音が少し聞こえるようだ。
その姿もわずかに見えている。

「本当はダメなんだが特別だ……新参を大切にするのが俺たちの流儀だからな。スイちゃんの魅力を味わっていけ」

そして……私は目撃した。

「みんなー! スイの公演に来てくれてありがとうー!! 今日は楽しんでいってねー!」
「ぴきゅる!」

そこにいたのは、巫剣と、それに従う水神の化身。
……そう、それも事実だった。
だが、違う。

「じゃあ、聞いてください。『くたばれクソ水神』!!」
「ぴきゅる!?!?!」

違うのだ。
そこにいたのは。
その歌声は天上の調べ。
その笑顔は太陽の輝き。
そのお方は。

「……女神……か!?」
私の呟きを聞いて、男が言った。

「いや……スイちゃんは、神をも超えた存在……だ!」
「神以上……!!!」
「その魅力で、水神もやっつけたって話だ……!」

ああ、なんて……。
なんて素晴らしいんだ。
気がつけば、私は叫びそうになっていった。
「スイちゃあああああんん!!」と。
だが、先ほどの男が私を羽交い締めにして止めた。

「馬鹿! 気持ちはわかるが、ここは外だ……! そもそも、この場所自体が秘密なんだ……! 我慢しろ」
「で、でも……先輩」
「先輩……?」
「貴方はスイちゃんを応援する道の先輩です。」

私の言葉を聞いて、男は嬉しそうに笑った。

「そうか……俺にも、後輩が出来たか……じゃあ、先輩として教えてやる。規律は守れ。それこそが、真にスイちゃんを応援する道だ……」
「ですが!! この叫び出したい気持ちをどうすれば……!」
「だったら、今度は会場の中で応援するんだ!! 今日は我慢しろ」

なるほど。
先輩の言いたいことを理解した。

「次回の公演ですね!! ……それは是非行かなくては」
「だが、悲しいお知らせだ……次回の前売り券はもう売り切れてる……」
「そ、そんな……」
「だが、悲しむにはまだ早い……確率は低いが、手段はある」
「えっ?」

先輩は言う。

「会場で売っている『限定お土産』には抽選券がついてくる……。その賞品はずばり次回公演の券……! そして、物販だけなら券がなくても参加できる」
「……それは、買うしかありませんね」
「ただし、『限定お土産』はなかなかいいお値段がする……覚悟はあるか?」
「愚問ですよ、先輩。私は闇に潜み、影に生きるもの……覚悟はとっくに完了しています」
「そうか……よくわからないが、お前は見込みがあるな」
「ちなみに、『お土産』ってどんなものが?」
「スイちゃん絵はがきに、スイちゃんまんじゅう……スイちゃんお茶碗なんてものもある……!! スイちゃんお茶碗で食べるごはんは最高だ!!」

欲しい!!!
御華見衆観察方の給料は……うん……まあ、そこそこだ。
だが、私にも多少の蓄えくらいあるのだ。来月の食費……えーと……
大丈夫。
……覚悟はとっくに完了している。
私は、大量のお土産を購入して帰途についた。
ああ……。
部屋中にスイちゃんが溢れる……なんて……
なんて……幸せなんだ。

だが、運命はいつでも残酷だ。
応募券がもたらしたのは券ではなく、全てハズレの悲劇だけ。

「ああ……ああああ……ああ……」

抽選結果が張り出された寄席の掲示板の前で、私は崩れ落ちた。
前が……見えない。

「泣くにはまだ早いぜ」
「先輩……!? でも、スイちゃんが……スイちゃんが……!」
「……ここに予備の券が1枚……こいつを譲ってもいい」
「せ、先輩……!」
「ただし、条件がある」

感激する私に、先輩は鋭い目をして言った。

「当日までにすべての曲のかけ声を覚えるんだ。それが出来るか?」

私は答える。

「……ふっ、愚問ですよ」

特訓は恐ろしいものだった。

「ここで、『どうする!?』だ、わかるか!!」
「どうしふぁっ……ぐふっ」
「噛むな!!! 神聖な『どうする』だぞ!?」

だが、特訓の中で私は心と体で理解した。
スイちゃんの歌の魅力を。
スイちゃんの存在の光輝を。
スイちゃんは、この世界に生まれた宇宙の真理の具現化であり、スイちゃんの前にスイちゃんはなく、スイちゃんの後にもスイちゃんはない。
スイちゃんは全にして一、一にして全。
スイちゃんは……スイちゃんは……神をも超えて……。
尊い。
ああ、私はこのために生まれてきたんだ。

ついに公演がはじまった。

「みんなー! 今日はスイのために集まってくれてありがとうー!」
「うおおおおおお!!!」

私は叫ぶ。仲間たちも叫ぶ。
ああ、私たちは一つだ。

「今日は、盛り上がっていってね!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!」

にぎやかに曲がはじまる。
会場の温度が一気に高まる。
いきなり……代表曲、『死にさらせクズ水神』だ!!!!!!
スイちゃんの十八番、水神をぶちのめす楽曲の中でも一番盛り上がる曲である。
(なお基本的にスイちゃんの曲には水神をぶちのめすやつしかない)

「生意気な♪ 水の神様♪」
「「「どうする!? どうする!?」」」
「「「「ぶった切り!!」」」」

会場中がかけ声を上げる。
もちろん、私も。

「生意気な♪ 君のハートを♪」
「「「どうする!? どうする!?」」」
「「「「なます切り!!!」」」」

完璧だ。全てが完璧だ。
なんて幸せなんだ。

公演も終盤。
ふと、スイちゃんが語りはじめる。
それは、聞いたこともないほど真剣な声だった。

「……みんなに、お知らせがあるんだ」

会場がざわめく。
……応援歴の浅い私でもわかる。
これは……だめだ。
これはダメなやつだぞ!!!!

「スイは見つけちゃったの」

言わないで、お願いだから。
言わないで、その先を。
だが、スイちゃんはその言葉を口にする。

「……運命のご主人様を」

会場にどよめきが広がる。

「だから……もう公演はおしまいにするね。スイは普通の巫…女の子に戻ります」

そんな!!
おかしいよ、スイちゃん!!!
だって……だって!
巫剣って時点で普通じゃないよ!!!!
そんな悲しみの中で……。
私の隣にいた、先輩が叫んだ。

「お前ら!!!! 泣くな!!!!」

先輩の声に、会場がしん、となる。

「スイちゃんの幸せを応援するのが、本当の『スイちゃん連』だろ!!! そうだろ!!!」
「せ、先輩!!!」

先輩の言葉は……観客達の中に感動を呼び起こしていく。

「うおおおおおおお!!!」

そうだ……スイちゃんが公演をやめたって。
スイちゃんが、幸せになってくれればそれでいいんだ。
だって、スイちゃんは私たちを幸せにしてくれた。
……こんどは、スイちゃんが幸せになる番だから!!!
だから、私は。
これからは幸せになるスイちゃんを観察していきたい。

以上、御華見衆観察方より報告


特記:なお、この報告書が流出し「伝説の最終公演の様子」として一部で出回っていることを記す。