トップへ戻る
MENU

巫剣観察記

菊一文字則宗

菊一文字則宗

(目標発見!)
私は任務の対象である巫剣を見つけ、即座に尾行を開始した。
その巫剣とは菊一文字則宗。神速の剣技で知られる巫剣である。
中でも、秘技である「絶牙三段」。
目にも止まらぬ速さでの突き技、と言われているがその詳細は不明。
その謎を解き明かすのが今回の私のミッションである。

むむ、私が誰かって?
私は、御華見衆観察方の一人。
名は名乗らないでおこう……観察方の仕事は、闇に紛れ、正体を隠すことを基本とする。
秘すれば花、という。

「……ならば正体を秘したこの私もまた……花! ……ああ、美しすぎるのが私の罪……」
「そこのお姉さん、さっきからなに言ってるんですか?」

目の前にいたのは、菊一文字則宗その人である。
(しまった! 心の声が口から漏れてた!?)

「尾行されるくらいならまあいいんですけど、こっちを見られながらぶつぶつ呟かれると、さすがに気になるんですけど……僕になにか用ですか?」
「え、えーと……」

まずい。
本来なら巫剣本人にバレることなく調査を終了する予定だった。……このままでは任務失敗である。
これは非常によろしくない。
実は、私は重大かつ繊細、実によんどころなき事情により別の任務にて失敗、減給処分を受けている。
これは私の能力不足によるものではなく、降って湧いたがごとき避けようのない事態によるところであるので、私が出来ない観察方である、などと思ってはいけない。仕方なかったのだ。
その減給処分により、私の懐事情は非常にして非情なまでに苦しい。

くっ、仕方ない!
……奥の手を切るしかない!

(もう、本人に直接聞いてしまえ!)

とにかく、『絶牙三段』の情報さえ得られればいいのだ。こっそり調査するだけが方法ではない。
私の知っている情報によれば、この巫剣、菊一文字則宗は非情に温厚で社交的らしい。
刀をひとたび抜けば、性格が一変して別人のようになるという……が、剣術を愛してやまない性格だと言うし……。
(「絶牙三段について教えてほしい」……素直にそう聞けば教えてくれるかもしれない)
ということで、私は聞いた。
私にしてはめずらしく、少し緊張していたのか、少しだけ言い間違えてしまった。

「絶牙三段『を』教えてほしい」

ほんのささやかな、だけど致命的な違いを含んだ私の言葉に。
菊一文字は少し困ったように笑いながら答えた。

「え……? お姉さんに? ま、まあいいですけど」

ほら、やっぱり教えてくれた……って。

(いいの?! 奥義じゃないの!?)

私は動揺する、がもう引き下がるわけにはいかない。
せっかくだから、教えてもらおうじゃないか。奥義。
「じゃあ、こっちに来てください。刀を振りまわしても怒られなさそうな場所に移動しようと思います」

菊一文字の後について木立ちを通り抜けると、空き地のような場所に出た。
剣術の鍛錬をするのにちょうどいい場所だ。
普段からここで刀を振っているのだろうか。

(ふふふ……これは、なかなかいい情報を得られたぞ。ひょっとすると、減給も取り消してもらえるかもしれない)

私は内心ほくそ笑む。
流石は私。このような情報を簡単につかんでしまうとは、やはり優秀な観察方である。

「じゃあ、やってみましょうか」

軽く言う菊一文字。
そこには気負った様子はまるで見られない。
ひょっとすると、コツさえ掴めば意外と簡単に使えてしまうような技だったりするのだろうか。
これは……私が必殺技を会得できるチャンス!?
優秀な私がさらに優秀になってしまうのではないか?!

「『絶牙三段』は難しい技ではありません」

菊一文字の言葉が私の期待を確信に変える。
やはり……いけるぞ、必殺技会得。

「とにかく、速く突きます、それだけです」
「え?」

思わず声が出た。
菊一文字は真面目な顔で続ける。

「素早く何回も突き技を食らわせると、相手が死にます」
「い、いや、それはそうでしょうけど……それって技なの!?」
「いっつも三回突いて敵を倒してたら、いつのまにか技名がついて、秘技って呼ばれてたんですよね」

えっ、そんな成立経緯? 
これ、報告書に書いていいやつだろうか……いや、絶対だめだ。
私の給料がまた吹っ飛んでしまう。

「で、でもなにかあるでしょ? たとえば……ほ、ほら、突くのが三回な理由とか」
「……別に何回突いてもいいんですけど」
「何回でもいいの!?」
「ただ大体の敵は三回で死んじゃうので、三回くらいで十分かなと」
「十分って!」
「ちょっと二回だと『突いた感』が足りなくて」
「『突いた感』ってなに!?」

生真面目に答えてくれる菊一文字だが、その内容はひどい。
その菊一文字は愕然とした私をよそに、にこやかに宣言する。

「さあ、じゃあ、はじめましょう!」

「ひとまず、突きを出してみてください」

やってみて、と言われて突き技を繰り出す。
御華見衆観察方では、当然、剣術の訓練も行っている。調査が主たる任務とはいえ、荒事は避けて通れないからだ。
ということで、私の剣術も巫剣たちには遠く及ばないものの、それなりのレベルにはある。
だが、そんな私の動作を見て、菊一文字は少し眉をひそめた。

「無駄に力が入っていますね。無駄な力は速度を邪魔します……そうだ、僕がやっていた修行法を教えます!」

ぱっと明るい顔で言う菊一文字。

「そうそう! そういうのが欲しかった!」

喜ぶ私に菊一文字は言う。

「ここに硬貨があります……まあ、小石でもなんでもいいんですが。それを投げて、落ちるまでに三回突けるようになるのが第一段階です」
「え、ムリ」

どうやったらそんなことが出来るんだ。

「ち、ちなみに……菊一文字さんはどれくらいの回数を」

おそるおそる聞いた私に、んー、と首をかしげて菊一文字は言う。

「三十……から先は数えたことないですね」
「ひっ」

私は確信した。
菊一文字則宗は天才である。
そして、天才であるが故に。
他人に教えるのには向いていない、と。

「そんなこと絶対出来ないから!」
「そう言われても……他の修行法を知ってるわけでもないですし」
「そ、そうだ! お手本見せてよ、お手本! まずはお手本を見せるのが基本でしょ?」

私の言葉に、菊一文字はなるほど、という顔をした。

「まあ、確かに……言われてみるとそうですね」

うん、とうなずいて、先ほどの硬貨を取り出す菊一文字。

「じゃあ、見ていてください」

ぴん、と硬貨をはじき。あわてる様子もなく、刀に手をかけた。

「せ~い」
と気の抜けた掛け声が聞こえた次の瞬間。
硬貨が空中でバラバラにはじけ飛んだ。
私にはそうとしか見えなかった。

「………!?」

すさまじい神速の突き。
私はひとまず安心する。

(とりあえずこれで報告書を作れそうだ)

だが、その瞬間。

「……ほら! さっさとやってくださいよ!」

底知れぬ威圧感を秘めた指示がとぶ。
その言葉は、先ほどまでとは豹変した菊一文字によるものだった。

「き、きくいちもんじ……さん?」

私は思い出す。
菊一文字則宗は温厚だが、刀をひとたび抜けば、性格が一変して別人のようになるという。
そう。
私にお手本を見せるために、菊一文字は刀を抜いていた。

「僕にわざわざ教えさせたんだからさ、それなりの成果ってものを見せてもらいましょうか!!」

「ひっ」
言葉遣いこそ丁寧なままだが、その身にまとう雰囲気は殺気とすら呼べそうだ。
本来は禍憑に向けられるはずのそれは、鋭さだけで気を失いそうになる。

(こ、こわ!)

「ほら! 始めますよ!」

私に逆らうことなど出来るはずもない。

「は、はい!」

私は慌てて答え、突きを繰り出す。
もちろん、菊一文字が満足するはずがない。

「遅い! もっと速く! もっと熱く! どうしてそこで力むんですか!!!」
「はぃいい!」

木立の中に、菊一文字の厳しい声と私の涙声がいつまでも響き渡った……。

次の御華見衆観察方の訓練で、私に同僚が話しかける。

「お前、そんなに突き技得意だったっけ?」

私は、無駄な力の入らない、スムーズな突きを会得したのだ。
恐るべき犠牲を払って。
私は遠い目をして答えた。

「ふふ、色々あるんですよ、色々、ね……この突きを、絶牙一段とでも名付けますか……」

以上、御華見衆観察方より報告

特記:担当観察方はさらに一ヶ月の減給に処す