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巫剣観察記

ソボロ助廣?

ソボロ助廣?

「よかったなー……温泉」
「よかったわね~」

時計の針が正午を回った頃、汽車は東海道線、国府津駅のホームへと滑り込んだ。
車内の席は8割が埋まっており、人々の喧騒が途切れず続いている。
影打・長曾祢虎徹と影打・ソボロ助廣の2人は停車した汽車の窓からホームの様子を眺めていた。その肌は心持ちふだんよりもスベスベで赤みが差している。
一泊二日の温泉旅!
それが彼女らの体の状態を一段階上に引き上げて――いるのかもしれない。
旅費には先日の禍憑の巣駆除で得た謝礼をあてたようだ。
今はその帰路。線路は東京上野駅へ向けて伸びている。
温泉にしっかり肩まで浸かり、ご馳走を楽しみ、夜は歓楽街で射的を楽しんだ。日頃我慢の生活を強いられている彼女らにとって、それはひとときの夢の時間だっただろう。
しかし――。

「でも、出なかったなー……砂金」
「出なかったわね~」

結局噂されていた砂金は発見されず、彼女らの思惑は空振りに終わった。

「わたくし様、そこだけが残念でならないけれど、こうして息抜きできただけよしとするわ~……あっ!」

悩ましげに頬杖をつくソボロだったが、その時思い出したように声をあげた。

「なんだ突然。脳でも錆びたか?」
「失礼ね~。錆びないわよう。そうじゃなくて、お弁当よ!」
「弁当?」
「聞いた話だと、この駅では乗客用にお弁当を売っているそうなのよ~!」
「なんだと? 駅の構内で弁当が買えるのか。もうそんな時代か」
「そんな時代よ~」
 
窓からホームを見てみると、なるほど確かに弁当売りが立っている。

「気に入った。買おう」
 
目的が一致していれば2人の行動は速い。
即座に各々弁当を買った。
やがて汽車は再び走り出し、駅は後方へ流れて行った。
車窓の眺めを楽しみながら弁当を広げる。

「しかしこの弁当を味わい損ねるなんてスイシンシのヤツ、バカだよな」
「おマヌケさんよね~」

この場に今、影打・水心子正秀はいない。
もちろん温泉旅には同行していた。だが汽車には乗車していない。
なぜなら1人だけ旅館で寝坊したからだ。

「アイツ、腹出して寝てたよな。有能ぶってるわりに案外隙のあるヤツだぜ」
「夜中の肝試しにも、頑なについて来なかったわ~。攻めるのは好きな癖に攻められるのは苦手なのね~。かわいい♪」

もちろん旅館を出るときに起こしてやってもよかったのだろうが、2人はあえてそれをしなかった。放置して先に帰りの汽車に乗ってしまったのだ。
その行動にこれといった理由はないらしい。
純粋な意地悪が半分、寝たいなら寝かせとけといった放任主義が半分といったところのようで、それはいかにもこの3人の不思議で微妙な関係性を表していた。

「今頃置いていかれたことに気づいて、鬼の形相で追いかけて来てたりしてな」
「うふふ♪ 怖い怖い」

影打・水心子の動向も気になるところだが、そちらは目下同僚が張り付き、追ってくれているはずである。

「さて……」

すっかり弁当を食べ終えると影打・虎徹は両手を伸ばしてひとつ伸びをした。

「静養もできたし、帰ったらいよいよ本腰入れなきゃな」
「遊びの時間は終わりってわけね~」
「いつまでもグダグダやってられねえさ。自分の力を証明すること。すべての人間に認めさせること。そのためにはなんだってやってやる。邪魔するヤツは……禍憑だろうがなんだろうがぶった斬るだけだ」
「わたくし様の存在を見て見ぬ振りして来たやつらを並べてひざまずかせる。想像すると……ゾクゾクするわ~」

嗤う2人。
その眼は血膿の色に濁り、一瞬どのような意思疎通も不可能に思えた。
憎悪、憤怒、狂気、独善。
さまざまなモノが煮えたぎり、異様な気配となって彼女らの体から立ち昇っているかのようだ。

「いっそのこと直接めいじ館に乗り込んでやるのも手だな」
「あら、道場破りみたいで面白そうねえ」

2人がさらなる企みを相談し合っていたその時、突然走行中の汽車が大きく揺れた。

「おいおい! ……今のはなんだ?」

線路上に異物が置かれでもしていたのか、あるいは動物かなにかを轢いたのか、いずれにせよただ事ではなさそうだった。
しかし汽車はその速度を落とす気配がなかった。

「あらら~? コテツ、今通り過ぎて行ったのって次に停まる駅じゃない?」
「……妙だな。最速で上野まで行ってくれるってんなら好都合だがよぉ……」
「そういうわけでもないみたいよ」

ソボロは意味深に笑った。

「ならどういうわけだ?」
「新しい乗客がたくさん乗って来たみたいって話」

ソボロがそう言った瞬間、車両連結部に通じる扉が打ち破られ、そこから禍憑が侵入してきた。
人々は恐怖に駆られ、ある者は慌てふためき逃げ惑い、ある者は座席で凍りついている。

「禍憑! 汽車に乗り込んで来やがったのか。ったく……あいつらも仕事熱心だな」
「禍憑の考えていることなんて分からないけど、ここでわたくし様がいち早く退治したら手柄は独り占めね」

影打・虎徹も影打・ソボロもうれしそうだ。

「ああ。旅の土産にはちょうどいいぜ」

コテツは舌舐めずりのついでに口元についた米粒を舐めとる。
禍憑が吼え、窓ガラスがビリビリと震えた。

ところでこの記録を取っている私はというと、先ほどから座席の下で頭を抱えて息を殺し続けている。
このまま禍憑にも彼女らにも見つからないことをただ祈るばかりである。
どうにか本部に連絡がつけられればいいのだが……。

以上、御華見衆観察方より報告