赤く燃える闇の中で、自分はまだ心地よい眠りの中にいた。

闇の中、かん、かん、とどこからか鉄を打つ音が響いてくる。
闇が形を変えて、世界が白銀の色を帯びていく。
やがて世界が白銀に変わり、そして天から一筋の光が差し込んでくる。
気づけば、自分はまるで引き寄せられるよいうに、泳ぐように、ただその光の在処へと向かっていく。


まだ眠たい……ずっと眠っていたい。でも、起きなければ。
そして、自分はお役目を果たす……。
何故だろう、わからない。お役目とはなんだろうと考えたとき、眩い光が視界いっぱいに閃いた。

光の奔流が薄らぐ中、誰かが満足そうに微笑み、そして立ち去って行った。
「行かないで」と言いたかったのに、生まれたばかりの肉体のせいで、声はおろか身じろぎ一つも叶わない。
そして、強い睡魔がやって来て、眠りの中に誘っていく。
去りゆくあなたは、父――だったのだろうか。

ゆったりとした柔らかい声が聞こえる。
目を開けると、すぐ傍にきれいな人が自分を見つめていた。
その人は頬をほころばせて、手をぽんと叩く。

「あらあら~、七星剣ちゃんの占い通りでしたね。あなた、自分の名前はわかります?」
自分が誰かなんてわからない。だから、“自分”は首を横に振った。

「あなたは誰? 自分は……」

「わたくしは丙子椒林剣。あなたに色々なことを教えに来ました~。あなたの名前は“三十二年式軍刀甲”です。少し長いですねぇ……よし、軍刀ちゃんって呼びますね~」

きれいな人は優しく微笑んだ。
周囲を見ると何やら騒がしい人たちが大勢いた。
――ありえない。生まれるはずがない。
それは自分を否定する言葉のように感じた。
生まれたこと自体が喜ばしいことなのか、そうではないのか、あの熱狂からは判断ができない。

「無粋な……!」
丙子椒林剣と言っていた綺麗な人は背後を見やると、冷たく重い声を漏らす。
その気配と気迫に気圧されたのか、周囲はしんと静まりかえった。

その様子に満足そうに頷くと、彼女は再び笑顔になり、羽織っていた布をふわりと被せてくれる。

「さあさあ、これを羽織ってください。そのままでは色々と問題ですし~。ちゃんとしたものは後で採寸して、ぴったりのを作ってあげますからね」

「温かい……あなたは自分の……母親?」

「いいえ、わたくしたちに家族はありません。わたくしたちは巫剣という稀人(まれびと)。わたくしはあなたを迎えにきただけですよ~」

「自分を迎えに……? どこへ行くの……?」

「それも全て、わたくしが教えていきましょう。あなたはまだ生まれたばかり、これからゆっくりと巫剣の理を学ぶのです」

そう言って、彼女は自分の手をぎゅっと握ってくれた。
手は温かいのに、どこか冷たい感じがして、一瞬驚いた。

「不安ですか~?」

その質問に自分は答えられなかった。
自分自身がどう思っているかすら、まだ理解できていなかったのだ。

「大丈夫です。すぐに信頼できる人が現れます。巫剣使い……巫剣の主となる人間。そして、わたくしたちの心強い味方」

「主……? その巫剣使いとは……どこに、いる?」

「ここにはいません。けれど、良い子にしていれば、すぐに来てくれますよ~。きっと、運命があなたと主を結びつけてくれるはずです」

「主は……温かい?」

「ええ、きっと。さて、とりあえずは服とお手入れが必要ですね~。あとはわたくしに任せて、もう少し休んでいてください」

休むといっても、何をすればいいのだろう。
それならいっそ、また寝てしまおうか。

「新たな巫剣“三十二年式軍刀甲”は御華見衆観察方が預かります。このことは公式に通達があるまで、どうぞご内密に。みなさんはどうぞお仕事にお戻りください」

先ほどまでのゆったりとした声から一転して、凛とした鋭い声が響くと、自分たちの様子を見ていた人間たちは持ち場へと戻っていく。
気を抜くと、自分の意識に重い蓋を乗せられたようだった。
雑踏の仲、ゆっくりと視界がまどろんでいく。

主とはどのような存在なのか……そして、本当に温かいのだろうか。そう考えただけで、なぜか幸せな気持ちになれた。
きっといつか、自分はその人と――。
電撃G'sマガジン 2016年3月号掲載