どこかで人知れず、誰にも言えない涙を流している巫剣はいないだろうか……。
百華の誓いによって戦乱の時代が終わりを告げ、巫剣は戦いの道具から解放された。
でも、彼女たちの多くは戦うことしか知らなかったのだ。
一体どれだけの巫剣が新しい道を見つけられたのだろうか。

心配事が募る度に、修行の場を見つけては、内なる自分との対話に勤しむ。
特に良い滝を見つけると、黙ってはいられない。
体を突き抜けるような激しい水簾に、心身共に引き締まる。
そして、心が解き放たれる。

「うちの心は、あの子たちのもの」

いつしか、あの子たちの笑顔と悲哀が一緒くたになって、滝行で冷え切った筈の体の隅々に温もりを与えていく。
この境地が堪らなく好きなのだ……。

「うちはあの子たちが道に迷わないように、お話してくるだけですよ」

いつもそう言って、帝都にある巫剣たちのよりどころ、
御華見衆の本拠地「みやこ屋」を旅立つ。
巫剣が道を踏み外さないように保護し導くのが御華見衆の仕事なのだけど、うちの役割は、巫剣の悩みを聞いてあげること。
だって、彼女たちは……そう女の子なのだから。
百華の誓いと仰々しく言うけれど、人間で言えば巫剣が思春期を迎えたようなもの。

「まあ、お赤飯を炊いて持ってくほど、野暮にはなれませんけれどね」

巫剣には父たる刀工がいても、母親はいない。
故郷どころか留まる場所すら定かではない者すらいる。
いや、未だに多くの巫剣が、新しい自分を探すために世を旅しているのだ。
だから、うちが母親……あるいは姉として、家族として、彼女たちの心根を支えてあげたい。
そのためには、全国を行脚し、すべての巫剣に出会い、話を聞き、心の拠り所となって、胸に秘めた迷いを解き解してあげなければ。
そうして、留守を守る小烏丸に見送られることが、いつの間にか当たり前になっていた。


数年ぶりの帰京だった。
今回の旅は思いの外、とても長かった。

軒先に回ってみると、縁側でお茶をすする小烏丸がいた。
うちは修行が足りないと、この身を叱咤しつつも破顔するほど嬉しくなった。

「小烏丸、ご無沙汰ぁ! うち、寂しかったよぉ!」

不意打ち同然に、後ろからギュッと抱き着いてみる。

「ひやぁぁぁぁ!? ななななんじゃ!? ……って、数珠丸!?」

小烏丸の日向のにおいが、鼻腔にいっぱいになっていく。
この匂いは――まるで向日葵のようだ。
幸福感に酔いしれて、うちは思わず小烏丸の頭をワシャワシャと撫で回す。

「小烏丸ぅ! 本当にあなたって子はもう! もっと、もっとその香りをうちに……!!!」
「妾の髪に触るな! ええいっ、暑苦しいわ!!」

嫌がる小烏丸を見ると、もっと抱きしめたくなる。
巫剣同士の温もりを感じ、生きている悦びに打ち震えてしまう。

「つれないこと言わないでよぉ、うち泣いちゃうからっ!」
「あー、もう! うっとおしい! 大体、泣くほど寂しくなるなら旅に出なければいいのじゃ!」

小烏丸はいつもそう言う。
だけど、うちはただ、野に一輪咲く花――巫剣たちが心配でならない。
どうか、巫剣たちの華が凛々と咲きますように。
みやこ屋の軒先に咲く花々のように、美しく気高く天に向かって――。
電撃G'sマガジン 2016年1月号掲載