菊一文字則宗は豊前国から始まり長崎へ通じる脇街道、長崎街道を西へと進んでいた。
姿勢もよくきびきびと歩いていくその姿に、地元の農夫も思わずクワを止める。
かつての持ち主を亡くした後、1人諸国を巡り歩くようになっていた。
あの激動の時代、主の力になれることは喜びの1つではあったが、元々争いを好まない性格だった彼女は人の世に疲れ、戦いの場から離れるとしばらくの間は静かに過ごしていた。それでも結局なにかに急き立てられるように、こうして旅に出てしまっている。そんな自分を彼女は笑った。
途中、旅の親子を追い抜いた。まだ10にもならない少年が疲れた様子の母の手を取り、懸命に歩く姿が微笑ましい。菊一文字則宗は思わず振り返り、子に小さく手を振った。

「お若いのにお1人でどちらまで?」

菊一文字則宗から無害さが滲み出てでもいたのか、母親の方がにこやかに尋ねてきた。

「はい。ちょっと肥前まで。噂の硝子工芸をひと目見ようと思いまして」
「その刀は護身用に?」
「ええ、そんなところです。でももうずっと、抜いてもいません。構え方も忘れたかも」

冗談めかして笑いを取る。

「私たち親子は長らく大阪に住んでいたのだけれど、事情があって故郷の長崎に2人で戻るところなんです」

少年の方へ目を向けた。彼は気恥ずかしそうにそっぽを向いている。
旅は道連れ。そのままなんとなくその親子と足並みをそろえて歩いた。
歩きながら思う。昔に比べて、こういう人たちが心配なく旅のできる世になったんだなと。
とはいえ、まだまだ不穏な影はある。夜盗や山賊もいるところにはいるし、猛獣にも気をつけなければならない。それよりも恐ろしいバケモノの類の噂も耳にする。