田畑を囲むあぜ道。その斜面にうら若き……というにはいささか幼すぎる少女が2人、突っ伏してなにかを待ち受けている。
黄色いスカーフをした、見るからに元気印といった印象の少女は庖丁正宗。対して青いスカーフのメガネの少女はほりぬき正宗という。
2人は姉妹で、歴とした巫剣である。
「初めての禍憑退治……ううードキドキするね!」
「ほー姉様、ドキドキもけっこうですけれど、くれぐれも冷静な行動をお願いしますわね。ここでしくじってはわたくしたちに依頼をしてくださった農家の方に申し訳が立ちません」
「わかってるよ。ぬーは真面目だな~。あ! 来た来た!」
不意に庖丁正宗が指差した先には、情けない顔でこちらへ向かって駆けてくる少女の姿があった。
「ほーちゃん! ぬーちゃん! お、お、お、おびき出したよーぅ!!」
赤いスカーフとリボンが特徴的なその少女は名を透し正宗といい、庖丁正宗とほりぬき正宗の姉にあたる。
そう、彼女らは三姉妹なのだ。
「すー姉でかしたっ! こっちこっち! 走れー!」
「こ、これでも走ってるつもりだよー!」
「すー姉様、今お助けします!」
「よーしっ! 突撃ぃ――――!!」
掛け声とともに飛び出す次女と末っ子。そのまま透し正宗の背後に迫る標的へ飛びかかった。
「この! この! すばしこいヤツ! ぬー、そっち行ったよ!!」
「心得ました! わたくしが華麗に両断して……ひゃあ! お股潜られたぁ!」
「ふ、2人ともしっかりー!」
壮絶な死闘が繰り広げられる。が、離れた場所からそんな死闘を呆れ顔で見つめる4人目の少女がいた。
「みんな……なにやってるの?」
声をかけたのは長い髪を編み込んだ小柄な少女で、名を天目御影と言う。現在、三姉妹が身を寄せている天目家の一人娘だ。
「あ、御影ちゃん! いつからそこに? こ、ここは危険だよ! 禍憑がっ!」
「禍憑……? その仔イノシシが?」
「「「へ?」」」
三姉妹の間の抜けた声がきれいに重なった。
「ブヒ」
固まる3人をよそにイノシシは後ろ足で砂を蹴って林へ逃げていった。
□
「はぁ……ただのイノシシだったなんて……」
「畑に悪さするとんでもないヤツがいるって言うからてっきり……」
「わ、わたくしは最初からヘンだと思っていましたわ」
天目家のお屋敷に戻った3人は泥だらけの顔のまま意気消沈して縁側に突っ伏した。
「早とちり……しちゃったのね。あはは」
御影は苦笑いを浮かべ、3人に手ぬぐいを渡す。
「わたしたち早く一人前になりたかったの……。御影ちゃんはその年で立派に学問を修めて天目家の力になっているっていうのに、それに比べてわたしは……」
3人の中でも透し正宗が特に落ち込んでいる。
「すーちゃん…………。気持ちはわかるけど、まずは禍憑とイノシシの区別をつけられるようにならなきゃ、ね?」
「ううッ!」
「御影ちゃんひどいぞー」
「辛辣です」
「ご、ごめん! 禍憑との戦いは厳しくなる一方だし、みんなに早く力をつけて戦いに加わってほしいけど、やっぱりまだ……ちょっと不安だわ……。少し前に顕現したばかりで、お屋敷のお掃除とかお裁縫とか、今は私のお手伝いばかりだけど、いつかは御華見衆の一員として戦うための力をつけてほしいの。」
と苦笑しながら透し正宗の顔を拭いてやった。
「特に城和泉さん、桑名江さん、牛王さんは厳しい現場に立つことが多いし、新しい仲間を待ちわびてるんじゃないかな」
「城和泉さん、桑名江さん、牛王さん?」
初めて聞く名前に3人が反応する。
「そう。勇敢に禍憑と戦ってくれている頼もしい巫剣さんたちよ」
「へぇ……すごいなぁ」
「なんかそういうのかっこいいね!」
「さぞ美しく勇ましいお姿なのでしょうね」
□
御影から話を聞かされてからというもの、三姉妹はなにかと言うと城和泉正宗たちのことを口にするようになった。御影の方も自然と3振りの話を彼女らに話して聞かせてやるのが日課のひとつになったが、巫剣たちのこれまでの武勇譚は尽きることがなかった。
「わたし、城和泉正宗さんを目標にする!」
だからひと月が経ったある日、透し正宗がそう言い出した時も御影は驚かなかった。
「おおっ! すー姉がやる気だー★ あたしも牛王吉光さんみたいな立派な巫剣になりたい~」
「お2人ともなかなかの大言壮語。とはいえ、考えてみればわたくしたちだって3人ですわ。つまり近い将来にはわたくしたちも桑名江さんと肩を並べることだってありゃれりゃ!」
姉のやる気に庖丁正宗も同調し、ふだんは冷静なほりぬき正宗も熱に当てられて舌を噛む。
「ふふ。いい目標ができてよかったね」
御影は3人によき目標ができたことを我が事のように喜んだ。それからふと思い出したように明日のことを3人に告げる。
「あ、ところでみんな、わたし明日はちょっとお出かけしなきゃならないから、お留守番お願いね」
「御影ちゃん、お出かけするの?」
「うん。ちょっとお仕事でめいじ館までね」
「え? めいじ館っていつも聞かせてくれる話の中に出てくるところ!?」
「桑名江さんがいらっしゃるという、あの!?」
「え、えっと……」
その時御影は自分が口を滑らせたことを悟った。今の3人の前で「めいじ館へ行く」などと軽々しく口にするべきではなかった。
「お仕事で行くだけだからね? みんなはちゃんとお留守番を……ね?」
慌てて釘を刺そうとするも、当の三姉妹はすでに御影そっちのけでなにやら相談事を交わし始めている。
「すーちゃん、ほーちゃん、ぬーちゃん。き、聞いてる?」
□
案の定というか、翌日めいじ館に向かう御影の後をこっそりとつける三姉妹の姿があった。
「わたしたちもめいじ館に出発だよ! 城和泉正宗さんに一目会うまでは帰らないんだから!」
「御影ちゃんに見つからないようにしましょう」
「だいじょうぶ★ だいじょうぶ★」
3人は期待に胸を膨らませ、三種の色違いの花を束にしたみたいにぴったりと寄り添いあって歩き出した。
電撃G'sマガジン 2019年9月号掲載