「いらっ……」
「ほらテツ~。言ってぇ♪ そのお口でいらっしゃいませって言って♪」
「いら……いら……」
「ほら~。もうひと息よ~。イライラしないで~」
「いらっ……しゃ……うがー!! なんで俺がこんなことしなくちゃならねーんだ!!」

影打・長曾祢虎徹、通称テツは耐えかねたように叫ぶと、持たされていたお盆を床に叩きつけた。癇癪を起こしたテツをなだめるのは影打・ソボロ助廣、通称・ヒロだ。
本来、禍憑に触れれば禍憑を斬り、仏に触れれば仏を斬るような危険な気性を持った2人が、今日は珍しく前掛け姿で洋風茶房=めいじ館に立っていた。

「説明受けたでしょ~。今日、他の巫剣はみーんな哨戒に駆り出されちゃって、めいじ館が人手不足なんだって」
「Hey you two! そこ! いつまでもイチャついてないで食器を運びなさいよ!」

その場には影打・水心子正秀、マサヒデもいて、同じく前掛けをしている。

「うるせぇ! てめーはさっきから指示してばっかじゃねぇか!」
「わたしのような有能な司令塔がいなきゃまともに店が回らないでしょう」

マサヒデの発言にテツは若干顔を引きつらせ、ヒロに耳打ちする。
「あいつマジか……。自分のことを有能だと思い込んでるぞ」
「ね~。しょっぱなから10枚連続でお皿割ったのにね~」
「聞こえてるわよ! わたしがこのお店を任されたからには売り上げ減なんて絶対に許さないわ! ほら、お客が来たわよ。テツ、行って! Go!」
「なんだよもう……。こえーよ。あいつの圧がこえーよ」

テツは渋々ながら接客に立つ。

「えーっと、よく来たな。ノコノコとよ。ほれ、注文の串団子だ。あ? 頼んでねぇ? 俺の団子が食えねぇってのか? 食うだろ? 食うよな? よし、串ごと胃袋に突っ込んでやろう」

いろいろと逸脱したテツの接客を尻目に、マサヒデは次なる指示を出す。
「ほら、あっちの席。ヒロも行くのよ。こんな時くらいその無駄に育った体を活用してみせなさい!」
「え~。なんでわたくし様が給仕の真似事なんてしなきゃいけないの~。サイアク~」

文句を垂れるヒロだったが、やはりマサヒデの圧に押されてトテトテと接客に向かった。

「あなたがお客様~? ふーん。でも、“お”も“様”もつけるほどの風格はないし、“客”で充分よね? あら? どうして勝手に着席してるの~? 座るのはわたくし様。あなたは立ってなさい。で、なにが欲しいの?」

そんな調子で繰り広げられる影打式接客術に、店内がざわつき始める。

「Excellent! あの2人、やればできるんじゃない。これよこれ。お店を切り盛りする充実感! 商売を広げて成り上がる達成感!」

経営者でもなんでもなく、ただの臨時の一給仕にすぎないマサヒデはざわつきを歓声と捉え、すっかり上機嫌だった。

「なんだこの店! ふざけてんじゃねぇぞ! 責任者出せ!」

しかし、2人の接客に耐えかねた団体の男たちがとうとう怒号をあげた。近所でも悪評の立つ、愚連隊の悪童連中だ。
そのうちの1人がテーブルをひっくり返し、喜びに浸っていたマサヒデの胸倉に手を伸ばしてくる。他の客から悲鳴があがる。
だがその手は空を切り、男の視界は一瞬にして天地が逆さまになった。
マサヒデによって一瞬で脚を払われていたのだ。男はそのまま脳天から床に叩きつけられる。

「Be quiet. 他のお客様のご迷惑になります」

男たちは一様に青ざめた顔でマサヒデから距離を取った。

「聞こえた? これ以上騒ぐなら退店してもらうわ。それとも、この世から出て行く?」

男たちは無言で首を横に振り、テーブルを元どおりに直すと大人しく着席した。
それを見たマサヒデはにっこり微笑んで頷く。

「解ればいいのよお客様」

彼女に萎縮していた男連中は、各々仲間には知られないようにそっと心の中でこう決めていた。
――今日からこの店の常連になろう。

迷惑な客は見事にしつけたが、テツとヒロの横柄――を遥かに超えて横暴な接客態度は遠からず、めいじ館を破綻させるかと思われた。しかし、予想に反してなぜかそれから午後にかけて客足がグングン伸び、ついには通りに長い行列ができるほどになっていた。

「すご~い♪ 大繁盛じゃない♪ 大儲け。それ、大儲け~♪」

ご機嫌で自作の『大儲け音頭』を舞うヒロ。しかしテツは不服そうだった。

「めんどくせぇ……。どんどん忙しくなりやがる……。店を台無しにして解放される計画だったのになんでだ……??」
「そんなのわたしの経営手腕の賜物に決まっているでしょう」
「よく見たら男の人ばっかりね~。なんか、特殊な客層に刺さっちゃったのかしら?」
「なんでもいいわ。2人とも、この客足を途切れさせないように頑張るのよ」
「あ、千客万来を狙うなら招き猫作戦なんてどう?」
「招き猫だと? そんなもんどこに……」
「こ・れ♪」

ヒロはテツの背後に回り、頭になにかを装着した。なんとそれはネコ科動物の耳を模した物だった。テツの頭にぴったりと収まっている。

「さっきナプキンで作っておいたの~。テツ、お似合い~♪」
「なんだこりゃあ!! こんな格好で人前に出てたまるかボケ! こっち来いコラ! テメェの両耳引きちぎってその頭に乗せてやる!」
「や~ん♪」
「ちょ、ちょっと2人ともケンカしてないで接客を! さっきから注文が捌き切れな……ちょっとー!」

この3人にまともにめいじ館を切り盛りできるはずなど、なかったのである。
電撃G'sマガジン 2019年7月号掲載