蹴破ったドアの向こうには、想像どおり無数の禍憑がひしめいていた。

「So many……。あそこに斬り込んでいくのは少々抵抗を感じますね」

若干のためらいを見せる水心子正秀。
その隣で低く身構える者があった。

「蒼火封獄――」

影打・ソボロ助廣だ。
一瞬にして車内の気温が跳ね上がる。それを感じた影打・長曾祢虎徹は「おーおー珍しくやる気じゃねーか」と愉快そうに笑った。

「月冴ゆる金閣寺!」

影打・ソボロが剣を振るう。すると密閉されているはずの車内に蜃気楼のように揺らめく建造物の姿が現れた。その名は鹿苑寺――またの名を金閣寺。
逃げ場のない禍憑たちはその内へと取り込まれて行く。彼女がさらに一振りすると金閣寺が蒼黒の炎に包まれた。

「あっと言う間に……」

あれだけいた禍憑たちは瞬時に灰となっていた。
畏怖の表情を浮かべる水心子正秀の顎をクイと持ち上げると、影打・ソボロは挑発するように言う。

「わたくし様、愚図愚図しているのは嫌いなの~」
「……気安く触らないでください」
「あら~こっちのスイシンシもつれなくて、なかなかかわいいわねえ。膝まずかせたくなっちゃうわ」
「水心子、おまえまで喧嘩してどうする。行くぞ!」
「ま、待ってください虎徹さん!」

次の車両に移ったが、案の定禍憑だらけだった。

「満員だな」 

1体ずつ倒して力押しで進んでもいいが、それでは消耗が激しい。それなら――。

「水心子! 俺について来い!」

そう叫び窓を開ける。

「上から行くぞ!」
「Roger!」

汽車の屋根へと躍り出ると、景色が飛ぶように後ろへ流れて行く。汽車はすでに異常な速度に達していた。

「上から一気に運転席を抑えるぞ!」

と言ってみたものの、事はそう容易くはない。
禍憑はすでに車両の上にも待ち構えていたのだ。それも、前方と後方の挟み撃ち。

「What……こんなところにまで……!」
「ちょっと甘かった……かな?」

頭をかいて水心子に笑って見せる。

「虎徹さんはもう少し緊張感というものを持ってください」

叱られてしまった。さっきの注意への仕返しだろうか。

「……来るぞ!」

この足場の悪い中での挟撃は流石に分が悪かった。いざとなったら俺がまとめてヤツらを引きつけてでも、水心子を先に進ませるしかない。
そう覚悟した時だった。

「End of ultimatum――」

俺たちの背後から飛びかかろうとしていた禍憑たちが一瞬にして氷漬けとなった。
その時に俺は見た。暴走する汽車と並走する馬の影を。

「あなたは……!」

水心子が叫ぶ。
黒い振袖をなびかせながら早馬を駆る影打・水心子正秀の姿がそこにあった。

「Shut up!! 賢いわたしがなんとなく事情を察してあげたのだから、あなたたちはさっさとこの汽車をなんとかしなさい!」
「まさかおまえらに助けられるとはなあ!」
「虎徹さん! ここは私が引き受けます。先へ!」
「水心子……。よし、任せたぜ!」

俺は禍憑を斬りはらいながら、屋根を一気に駆けた。周辺の景色はすでに東京の街並み。前方には中野駅が見えつつある。

「どけぇーー!」

大きく跳躍し、運転席目掛けて刀を突き立てる。
屋根を突き破り、そのまま中で汽車を支配する禍憑に切っ先を伸ばす。
それは“もう1人の俺”が、車両のドアを突き破って現れたのと同時だった。

「へっ……なかなか楽しい旅だったぜぇ!」

2振りの長曾祢虎徹が同時に首魁の禍憑を貫いた。

「減速だッ!」

禍憑を葬り去るなり、俺はすぐさま汽車を減速させた。
だが反圧ブレーキだけでは間に合いそうもない。ぐんぐん駅が迫って来る。

「止まれえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

もうダメかと心のどこかで感じ始めたその時――。
いきなり車体が大きく揺れ、速度が落ちた。
窓の外から凄まじい金切り音が聞こえる。

「なんで……俺が……! ここまでしてやらなきゃなんねえんだ……コラァァァァァァァァ―――――!!!」
「おまえ……!」

影打・長曾祢虎徹が車両の先頭に取り付き、大刀を杭のように地面に突き刺して汽車を減速させていた。
車輪はことごとく焼きつき、線路の枕木は何十メートルにも渡って真二つとなったが、暴れ狂い多くの命を奪うはずだった汽車は、どうにか中野駅のホームでその猛りを鎮めた。
 
乗客を全員無事避難させ、鉄道会社に事情を説明し終えた頃にはすっかり日没となっていた。
ようやく解放され、中野駅を出ると路上に止められた馬車の前には影打の3人。

「今回のことでは……その、世話になったな」

そう声をかけると彼女らはきれいに3人そろって「うるさい」と返してきた。

「テメェらのためにやったわけじゃねえ。俺たちの未来のためだ。おまえら雑魚どものことなんざ知るか!」
「いい~~? 今日のわたくし様の活躍、新聞屋さんにしっかり吹き込んでおくのよ~」
「Superior……。わたしこそが巫剣の完成形。古臭いおばさんたちなんて、およびじゃないのよ」

それぞれ捨て台詞を吐くと、彼女らは馬車に乗り込んで早々に去ってしまった。
影打とは一体どういう存在なのか。まだまだ謎は多い。だが、いずれにせよまたなんらかの形で相まみえることになりそうだ。
電撃G'sマガジン 2019年3月号掲載