「虎徹、これは一体どういった次第ですか?」
客車の窓から顔を出したままソボロ助廣が俺に尋ねてくる。だが俺に訊かれたってわからない。
「嫌な予感がします……」
俺の隣では水心子正秀がその整った顔をわずかに曇らせている。
「確かにこの速度は尋常じゃないな」
「せっかく横浜で羽を伸ばして来たと言うのに、最後の最後で災難ですか」
ソボロ助廣は愚痴りながらメガネについた煤を拭く。
めずらしい組み合わせだが、俺たち3人は偶然重なった余暇を利用して、横浜まで足を伸ばした。そして向こうで充分に買い物と行楽を楽しんだ後、汽車に乗って上野駅を目指したのだが……その汽車が突然暴走を始めたのだ。
汽車は止まるべき駅を素通りし、落とすべき箇所で速度を落とさぬまま、狂ったように汽笛を鳴らした。
俺たちは互いに顔を見合わせ、これはただ事ではないと席を立ったところだった。
やがてドアが開いて前の車両から車掌が転がり込んで来た。
「み、みなさん! 急ぎ後部車両へ避難してください! こ、この先は危険です!」
車掌を助け起こし、事情を訪ねる。
「おい、危険ってのはどういうわけだ!」
「そ、それが私にもなにがなんだか! 突然運転席にバケモノが乗り込んで来て……!」
「バケモノ!?」
それだけで俺たちにはピンと来るものがあった。
「ソボロ、水心子行こう!」
「はい!」
隣の車両に移った途端、乗客が雪崩のように押し寄せて来た。彼らは口々に悲鳴を上げている。
人の波に逆らいながらさらに進むと、そのうちに肌で感じられるようになってきた。
「これは……間違いない。禍憑の気配だ!」
さらにドアを引き、次の車両に移る。
その瞬間、俺たちの目の前に巨大な物体が迫って来た。
咄嗟に身を低くしてそれをかわす。その物体は車両の壁に当たり、鈍い音を立てて床に落ちた。
それはまごうことなく禍憑だった。だが動く気配はない。
その消滅を水心子が確認し、小さくうなずく。
「……すでに倒されていたようです」
「ああ。判ってる。ついでにそれをやったヤツの見当もついたぜ」
刀に手をかけ、前に出る。車両の中央を通る通路、その先にそいつらはいた。
「よお、奇遇だなあ。クソ姉貴」
「影打……!」
俺とよく似た黒いヤツ。影打・虎徹。
「あらぁ~~? こ~んなところにまで現れるなんてあなたたちも暇なのねぇ」
そして影打・ソボロだ。
「おまえら、どうしてこの汽車に乗ってるんだ!」
「あ? 俺たちが乗ってちゃ悪いのか? 汽車はテメェらだけのもんなのか? テメェは汽車大臣か?」
「もしや……あなたたちが禍憑を放ってこの汽車を占拠したのでは?」
「あらあなた、わたくし様と同じ名を冠しておきながらおばかさんなのねぇ。今の見てなかったの~? むしろわたくし様たちが退治してあげていたのよ」
「誰がおばかさんですか! 私の頭脳を見くびると許しませんよ!」
「ソボロさん、今は堪えてください。まだ禍憑の気配がしています」
牙を剥くソボロを水心子がなだめる。
「そうだな。確かに今は喧嘩してる場合じゃなさそうだ。このままじゃこの汽車は上野駅へ突っ込んじまうぞ」
「そんなことになったら被害は甚大です……」
「おい。おまえたちは本当にこの件とは関わりがないんだな?」
「くどいぜ」
「それならいい。邪魔せず大人しく席に座っててくれ」
俺は刀を抜き、影打たちの間を通り抜けた。
「汽車の暴走は俺達が止める」
「ああ? 待てよ。なんでテメェに指図されなきゃなんねーんだ。嫌なこった。そもそも禍憑と先に遭遇したのは俺たちだぜ。もうこれ以上テメェらに手柄を横取りされてたまるか」
吐き捨てるように言い、影打・虎徹もまた刀を抜く。
「この汽車は俺が止める。禍憑共を皆殺しにしてな」
そうして、よく似た姿の巫剣が俺の横に並びたった。
「……勝手にしろ」
「背中向けたらついでにテメェもぶった斬るからな」
その時、次なるドアの向こうで禍憑の咆哮が響いた。
想像よりも多くの禍憑が汽車に乗り込んでいるらしい。
「やれやれ……。まさか影打と共闘することになるだなんて」
「もうあまり時間は残されていません。大胆かつ繊細に処理しましょう」
ソボロと水心子も刀を抜く。
「みんなお盛んね~。でも、わたくし様もこんな貧乏くさい汽車と心中なんてごめんだし、仕方がないから手伝ってあげるわ」
影打・ソボロは肩をすくめる。
「はぁ。スイシンシったら、こんな時に限っていないんだから。あとでお仕置きね」
「おしゃべりはそこまでにしな。行くぜ!」
影打・虎徹がドアを蹴破り、口火を切った。
電撃G'sマガジン 2019年2月号掲載