関東の山間部、辺境の地で人々がひっそり暮らす寒村があった。
粗末な家とわずかばかりの食料を除けば、これといったものはなにも無い場所。
今その村に大量の禍憑が波となって押し寄せつつあった。
「ハハハッ! 来やがった来やがった!」
村の中央に建つ茅葺き屋根の上で物見をしていた影打・長曾祢虎徹は、その軍勢を視認するなりうれしそうに声をあげた。
下からは村人たちが不安そうに彼女を見上げている。
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「ああ? 俺たちの力が信用ならねえのか? だったらテメェらも戦え。震えてれば守ってもらえると思ったか?」
「そ、そんなあ……」
影打・虎徹は屋根から飛び降り、脇に立てかけていた巨大な刀に手をかける。
「さーて禍憑ども、鬼ごっこでもして遊ぼうか。もちろん……鬼は俺だ」
村には3つの入口があり、そのすべてに強固な柵が設けられていた。昨夜、村人の尻を叩いて夜通しで設置させた物だ。
影打・虎徹はそこから無理やり雪崩れ込んでくる禍憑を1人で食い止めた。
一振りで何体もの禍憑を葬り去ってゆく。
「フン。どれだけ束になって来ようが、どうせ皆殺しだ」
その最中、村の西側で大きな氷柱が立つのが見えた。
「お。スイシンシのヤツも派手にやってるな」
となれば当然、東側を守る影打・ソボロ助廣もすでに戦闘に入ったと見ていい。あとはそれぞれがどれだけ暴れるかだ。
一心不乱の戦闘。殲滅。胸が踊る。
だが、その楽しみに水を差す者がやって来た。
「今のうちにこっちへ避難しろ! 道は俺が作る!」
声の主は「長曾祢虎徹」だった。正義面でお人好し……、影打・虎徹にとってはどこまでも目障りな存在。
虎徹は影打・虎徹を目に止めるなり警戒態勢を取った。
「あ! おまえこないだの! 観察が言うには“影打”……だったか。こんなところでなにやってんだ!」
「うるせえな。毎年この時期になると禍憑どもが村を荒らしに来るってんで俺たちが警護を引き受けただけだよ。テメェらこそ今更なんだ? 禍憑の気配を感じて慌てて飛んで来たか? ていうか誰が影打だァ? ぶっ殺すぞ」
「警護? おまえが村を守るってのか?」
「村の人間なんざどうなろうと知らねえよ。俺たちは手柄を上げられればそれでいい。俺たちの力を御華見衆に認めさせるためにな」
「なんだと……?」
その言葉に虎徹は深く考え込むような表情を浮かべたが、迫り来る状況を前にすぐに切り替えた。
「おまえらの目的はわかった。だけど村の人に危害を加えるような真似はするなよ」
「邪魔になるならいっしょに斬り捨てる。それより俺たちの手柄横取りすんじゃねえぞ」
「なんだと……って、そんなこと言ってる場合じゃねぇ! 見ろあの禍憑の数! 囲まれたぞ! 柵も役に立ってないぞ!」
「う、うるさい! 俺の設計に文句つけるな! それにな、囲まれたってんなら、そりゃ好都合じゃねえか」
「なに?」
影打・虎徹は襲いくる禍憑の大軍を村の中央まで引き寄せ始める。
「おまえ、なにをするつもり……」
禍憑たちは民家や納屋をなぎ倒し、進軍してくる。
「この村の農夫だって稲を収穫する時は束にして刈る。律儀に一本ずつ刈る間抜けはいない。みんなそうする。だから、俺もそうする」
構えた影打・虎徹の「2本の刀」に、尋常でない力が収束していく。
「待て! 村に被害が――!」
村への被害。確かに出るだろう。だが影打・虎徹には関係がなかった。
「神魔鏖殺ッ――絶虎ォォォ!」
地面に突き立てた刀剣「長曾祢虎徹(?)」を楔とした、圧倒的な一振りによって凄まじい暴風があたりを襲う。それによって集まって来た禍憑が例外なく両断されていき、そして周辺の家は吹き飛んでいった。
「これで残党も片付けたか……」
虎徹は村の中央にある井戸に寄りかかり、静かになった村を見渡した。あれだけいた禍憑はもう見当たらない。
隠れていた村人たちも恐る恐る外へ出てくる。そして自分たちが助かったことを知ると虎徹を囲み、口々に礼を述べた。
その対応に戸惑いながらふと半壊した民家の屋根を見上げると、そこに3名の影打の姿があった。
「ちっ! 結局手柄は横取りかよ。いいご身分だぜ」
「Shit……。骨折り損のくたびれ儲け」
「もういいから2人とも帰るわよ~。わたくし様、こんな田舎臭いところはもうたくさんだわ~~」
口々に捨て台詞を吐いて去って行く。残念ながら今の虎徹に後を追う余力はなかった。
「みんなすまない。なんとか禍憑は倒せたけど、やつらのせいで村が……」
改めて申し訳なさげに村人にそう言うと、しかし彼らはとんでもないと首を振った。
「あのお三方は夜通し村を見張り、精一杯戦って我々の命を救ってくださった。感謝の念しかございません。それはまぁ……恐ろしい人たちでしたが……。なあに、家はまた建てればいいのです」
「……そう、か」
村人の言葉を聞いて長曾祢虎徹は思う。
“影打”――と、俺たち御華見衆が呼んでいるモノ。まだまだ得体が知れないが、俺たちはあいつらをもっとよく知る必要がありそうだ……と。
電撃G'sマガジン 2019年1月号掲載