およそ半刻前、上野公園に複数の禍憑が出現したことを受けて、わたし水心子正秀はソボロ助廣さんとともに討伐に向かった。
戦闘が始まって早々、禍憑たちは蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げ去ったのでわたしたちは別行動を取り、それぞれ後を追った。
数も個体の強さも想定の範囲内だった。なにも問題なく各個撃破で任務を終えることができる――はずだった。
そして今、立ち並ぶ商家の屋根の上、長い追跡の果てにようやくわたしは禍憑たちを追い詰めつつあった。
けれど、あと一歩というその時、突然頭上から「彼女」が降ってきた。
それはわたしにそっくりで、わたしと正反対だった。

「Slowpoke……お先にいただいちゃうわよ」

わたしが状況を把握する間もなく、彼女は禍憑たちを次々に斬り伏せてしまった。
うだるような暑い夜が見せた悪い夢? いいえ、違う。彼女は間違いなくそこに実在する。

「わたしは御華見衆の巫剣、水心子正秀! あなたは何者ですか!」
「Shut up!! 誰の前でその名を名乗っているの? わたしこそが水心子正秀よ」
「Whatッ!?」

なるほど……彼女こそが、観察方から報告のあった“影打”と呼ばれる存在なのだろう。
信じがたい口上を耳にしている間に禍憑が数体、屋根を降りて通りを駆け始めた。人々の悲鳴が次々に上がる。

「あなたみたいなグズにかまっている暇はないの。大事な獲物が逃げちゃうじゃない」

影打はこちらに背を向けて通りに降り立つ。わたしも後を追った。

「ほーらほら、ひ弱な人間さんたちはとっととお逃げなさい。でないとわたしが禍憑もろとも蜂の巣にしちゃうわよ」

彼女は面倒臭そうに周囲の住民を通りの向こうへ追いやる。一応避難させる気はあるようだけれど、その口ぶりはとても弱者を守ろうと言う者のそれではない。
そんな中、1体の禍憑が彼女の脇をすり抜けて逃亡を図った。

「ほらそこ。あんたは逃げないの」

それを見逃さなかった影打・水心子は刀を抜くと一瞬でその四肢を斬り裂いてしまった。

「グギャアアアオオオウ……!!」

禍憑は前方の民家に頭から突っ込み、動かなくなった。

「さーて、どんな風に料理してあげようかしら」

影打・水心子は瓦礫の下で苦しげにうめく禍憑を嗜虐的な目で見下ろす。

「Wait! 待ちなさい! なぜいたずらに相手をなぶるような戦い方をするんですか!」
「あら、あなたまだいたの? How stupid……まったくなんておばかさんなのかしら。まず敵の逃げ足を封じる。それのなにがいけないというの? それとも、まさか禍憑と1体ずつ正々堂々試合でもしろと言うの? ならここに審判でも連れてくれば?」
「なんて不遜な人……!」
「合理的と呼びなさい。勝つためになんだってする。わたしたちはそうして生きてきたの」
「わたし――たち……他にもいるの? あなたは一体なんですか。答えなさい!」
「Shut your mouth! そう遠くない未来にあなたみたいな雑魚はお役御免にしてあげるわ。絶対にね」

その瞳に宿る執念のような感情にわたしは寒気を覚えた。

「わたしは手段なんて選ばない」

ニタリと笑う彼女の背には機銃を「核」にして、殺意そのものが形を成したような、おぞましい武器が備わっている。今それが漆黒の羽のように広がった。

「あなた、それでなにを……。まさか……! やめ……」
「Shoot」

彼女はわたしの言葉など待たず行動した。そしてそれは予想通りで、予想以上だった。
機銃から凄まじい速度で弾丸が発射され、それは周囲をことごとく破壊していく。

「うッ……! これは、氷!?」

連続で放たれているのは氷弾だった。それが呼び水となったかのように、彼女の背後からも氷弾が飛来し、雹嵐のごとく付近一体を薙ぎ払う。

「あはは! 他にも近くに禍憑が潜んでいるかも知れないし、この辺一帯を掃除しちゃう方が合理的、でしょう?」
「まさか……さっき住民を避難させたのはこのため……? Stop! そ、それ以上はさせません!」
「Shut up! その汚い口を閉じなさい! そろそろその偽善者ぶりにも飽きてきたわ。いっそこのまま、あなたも蜂の巣にしてあげる!」

途端に空気が張り詰める。わたしは刀に手をかけた。最初にその姿を見た時から予感はあったけれど、やはり斬り合うことは避けられないか。
だがわたしたちの間に文字通り割って入る者が現れた。

「スイシンシ、な~に遊んでるの。邪魔者が集まってきたわ。そろそろ引き上げるわよ~」

その人物はわたしの隣に悠然と立ち、不敵な笑みをこちらに向けた。

「い、いつの間に! 新手ですか……えッ!?」

その姿はわたしのよく知る巫剣、ソボロ助廣さんと瓜二つだった。

「一体これは……?」

問いかけたが、2人はこちらを無視して話を進めている。

「ソボロ。そっちは片付いたの?」
「まだよ。思ったより粘るんだもの。とにかく、時間切れ。引き上げるわよ~」
「残念。これからが楽しいところだったのに」

そこまで話してから「わたし」は、こちらの不意をつくように氷弾を発射してきた。わたしは刀の切っ先で氷弾を受けて軌道をそらすと、後を追おうと前に踏み出た。

「待ちなさい!」

けれどその時すでにそこに2人の影打の姿はなかった。気配も感じられない。

「くっ……逃したか……」

遠く背後でわたしを呼ぶソボロ助廣さんの声が聞こえた。今度は間違いなく聞き慣れた、わたしのよく知る声だ。
足元を見ると瓦礫の下で先ほどの禍憑がすでに息絶えていた。
電撃G'sマガジン 2018年12月号掲載