理屈とは〈第三の脚〉だ。千変万化の世に翻弄されてよろめき倒れる事を防ぐ脚。
どんなに奇異に思える事柄でも、ひとたび理屈という筋を通せば向こうの景色が見渡せるようになる。
私はそう考えて生き、戦ってきた。それがソボロ助廣というモノの在り方だ。
だから、目の前の異様な光景にも必ず理屈を通せるはず。

今、私の目の前には1人の人物が立っている。刻は夜半。場所は繁華街からほんの1本外れただけの路地だ。

「あらぁ~~? どこ見てるのかしら?? ふふふ……」

その人物と鉢合わせたのは、町中に現れた禍憑を追い立て、この場所までやってきた時のことだった。
闇から突然現れ、私の追っていた禍憑を斬り捨ててしまった彼女を目にして私の体は震えた。

「別に。強いて言うなら……貴方のお顔を拝見しておりました」

それでも強がりはまだ言える。

「わたくし様の顔がそんなに珍しいかしら~?」

私は心の中で答える。
――珍しいもなにも、異常です。
なにしろ、相手の顔は私自身の顔と瓜二つなのだから。
もちろん自分の顔なら毎日鏡で見ている。密かにけっこう、かなりかわいいかも、なんて思ったりもしている。だがそれは、鏡越しの左右反対の顔だ。こうして肉眼で己の顔を目にすると、その異様さに思わずよろめいてしまいそうになる。
だめだ、〈第三の脚〉で支えなければ。

「突然出てきてなんのつもりですか? 禍憑を斬ったということはあなたも巫剣なのでしょう? だとしたら所属は……」
「そうよ。わたくし様は正真正銘の巫剣。あなたなんかよりもね」

その声色に悪寒が走る。
声まで私にそっくり……なのに違いない。だからこそ鳥肌が立つ。
他者から聞かされるのと、体内の振動を通して内側から聞くのとでは微妙に響きが違う。印象が違う。その微妙なズレが気持ち悪い。
たしかに助廣の巫剣は私だけではない。
だが、こんな巫剣には会ったことがない。話に聞いたこともない。

「ところであなた、今お1人なのかしら?」
「質問するのはこちらです! 名を名乗りなさい!」
 嫌な予感がして、抜き身のままにしていた刀を相手に向けた。
「1人、よね~? さっきの禍憑も1人で追いかけて来ていたものね~」
「ふざけていないで質問に答え……」

のらりくらりとかわすその態度に業を煮やし、こちらから詰め寄ろうとした次の瞬間、相手の顔が瞬時に目の前に迫って来た。

「くッ……!!」

本能的に胸の前に構えた刃に火花が散った。闇の中、間一髪で相手の一刀を防ぐことができたらしいと悟る。

「1人きりなら、今のうちにこの場で豪勢に片付けてしまっても……いいわよね♪」

雲が流れ、月光が相手を照らし出す。
顔だけじゃない。声だけじゃない。手も足も肩も耳も。巫魂から発せられる雰囲気まで、どこまでも私と似ている。
ここへ来て私はこの不気味な巫剣が私の味方などではないと完全に認識するに至った。

「どなたかは存じあげませんが、このソボロ助廣が相手になりましょう!」

そして自分自身のようななにかを相手に刀を振るう覚悟を決める。

「違うわ~。違う違う! ソボロ助廣はこのわたくし様よ。あなたじゃない」
「な……なにを言って……」

自らをソボロ助廣と名乗った相手は、目の前でゆらりと態勢を崩したかと思うと再び1足で距離を詰めてくる。
続けざまに刃を交わす。

「今はまだ影打だけれど、ね」
「影打……?」
「そのうち御華見衆も認めざるを得なくなるわ~。楽しみねえ♪ そしてあなたからなにもかもを奪い取って、わたくし様こそが“真打”になるのよ。ふふふ……」
「な、なにを勝手なことを! そんなアホな理屈があるかいな!」
「それがあるのよね~。それに、ソボロって銘だからって、格好までみすぼらしいなんて、イケてないにもほどがあると思わな~い? だ・か・ら、わたくし様が本物のソボロ助廣となって美名を轟かせてあげる!」
「誰がみすぼらしいねん!! そんなかっこしてよう言うわ! 轟かすんは悪名の間違いやろ!」
「んなッ! この豪勢かつ優雅なわたくし様を捕まえてようもそんなことを言うたな!」
「隙ありッ!」
「おっと」

ここだと思って放った一刀だったが、寸でのところでひらりとかわされてしまった。
しかしお互い感情の起伏までどこか似ている気がして気分が悪い。
「私のようななにか」は民家の屋根の上に立ちこちらを見下ろしてくる。

「あなた、予想以上に腕が立つけど、腹も立つわあ……。ここからはちょっぴりだけど、本気で相手してあげる!」

捨て台詞と共に刀を豪快に振るい、足元の屋根を吹き飛ばした。飛ばされた瓦が次々とこちらに降り注いでくる。
私は瓦の破片を払い、地を蹴って屋根へ登った。
そこで私は見た。いく筋か向こうの通りに面したお屋敷の屋根の上に、別の人影が2つ。私たちと同じように激しく刃を交わしている。
あれは水心子正秀だ。彼女もなんらかの敵と交戦中なのだろうか。
相対しているのは――。
その様子をちらりと見て「ソボロ偽廣」が嗤う。

「あらあ~? あっちも楽しんでいるみたいねえ♪」
電撃G'sマガジン 2018年11月号掲載