その日、ある情報が御華見衆へと寄せられた。7月の暑い午後のことだった。
内容は「刀を持った女が浅草の一角で暴れまわっている」というものだ。
廃刀令のご時世、しかも女とくれば巫剣である可能性が高い。
現場へは1番近い位置にいた俺が真っ先に遣わされた。
しかし、巫剣が大暴れとは穏やかじゃない。禍憑の間違いでは? いや、酒乱の巫剣がやらかしたという可能性もなくはないか。
なんて考えながら現場へ赴くと、確かにあちこちの家屋がひどい有様となっていた。
手始めに近くで怯えていた子供らを捕まえて聞き込みをしてみる。
「よかった。誰も怪我はしてないみたいだな。誰か犯人の顔を見たかい?」
すると子供らは怯えたような顔で距離を取り、俺の顔を指差してきた。
「うん? 俺の顔に何か変な物でもついてる? 目が2つに口が1つ。一般的な物しかついてないはずだけど」
首を傾げていると、そこへ畳屋の店主が割って入ってきた。
「このヤロウ! よくもまあノコノコと戻ってこれたな! うちの店をめちゃくちゃにしやがってッ! どう落とし前つけてくれるんでい!」
「ええッ!?」
どうやら犯人は俺、長曾祢虎徹だったらしい。
「いやいや待て! そんなバカな! 人違いだ! 俺はたった今ここへ来たばかり……」
弁解しかけたその時、通りの遥か向こうで噴煙が上がった。
噴煙の方向から逃げて来た尻っぱしょりの男がみんなに知らせる。
「た、大変だ! さっきのヤツが浅草寺の近くでまたバケモン相手に暴れてるぞ……!」
「え? でもそいつならここに……」
畳屋の店主が腑に落ちないといった様子で俺を指す。逃げて来た男は俺を見て一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに首を振った。
「いや違う! 確かに似てるけどこりゃ別人だよ! 俺はたった今向こうで見て来たばっかりなんだ。間違えやしねえ! 本物はもっとこう……悪そうだ!」
そこで俺はようやくピンときた。
「なるほどね。なんでかは分からないが、俺とよく似たヤツが暴れてるってことか」
おかげで濡れ衣を着せられそうになったわけだし、ここはひとつ押っ取り刀でその偽物を捕縛しに行こう。
俺は噴煙を目印に通りを逃げ惑う人々の間を縫って走った。
その途中、通りの至る所に朱色の明かりを見た。ポンポンと通りを飾っている。それは鉢で売られているほおずきだった。
「そうか、ここは浅草。今日はほおずき市の日だったな」
前方には騒ぎの最中で千切れ落下したらしいほおずきの実が地面に散らばっている。
「……うん?」
その朱色に染まった地面の中心に「俺」が立っていた。
それは奇妙な感覚だった。
だがよく見ると甲冑の色も様子も違う。全体的に黒く、禍々しい。
なによりその手にしているエモノが異様だった。身の丈ほどあるその鉄塊は、そのままヤツの殺意や破壊衝動の大きさを表しているようだった。
なるほど巫剣には違いなさそうだが、しかしこいつはなんだ?
「おい、おまえ。こんな街中でそんなでっかい長物振り回したりして、一体どういうつもり……」
答えをかけた刹那、そいつの背後の土煙からいきなり禍憑が飛び出してきた。それも特大のヤツだ。
禍憑は〈黒い俺〉を飛び越えてこちらに爪を向けてくる。
「ちッ!」
反射的に刀を抜き、攻撃を受け止めた。力が拮抗する。
「おいおい、よりにもよってテメェが来たのかよ」
言葉を発したのは〈黒い俺〉。声まで似ている。
「なんだおまえ……。見たことないヤツ。なんで俺に似ている?」
そいつは悠々とこちらに近づき、斬馬刀のように巨大な剣を振り上げる。
「テメェが俺に似てんだろボケ!」
「うわッ!!」
そいつは俺が食い止めていた禍憑をいきなり横薙ぎに切り裂いた。そしてその一閃は間違いなく俺の体にも届くものだった。咄嗟に身を引かなかったら禍憑共々俺の首と胴は泣き別れになっていただろう。
「どういうつもりだ……。なんで巫剣が巫剣に刃を向ける。返答次第じゃあ……」
「知るか。バケモンと俺の遊びをテメェが邪魔するからだろうが」
「遊びだと? 禍憑を倒すのに周りを省みないで街をめちゃくちゃにして、それがおまえの遊びか? おまえそれでも巫剣か!」
「うるせえぞ。テメェに道理を説かれる謂れはねえ」
「いかれてんのか……?」
道理がまったく通じないこと以上に、何か不穏なものを感じる。
「要は邪魔なもん全部ぶち殺しゃいいんだろうが。違うかい? 姉貴!」
十分間合いは取っていたはずだが、そいつは1歩で俺に斬りかかってきた。
こちらも応じ、鍔迫り合いとなる。
「いきなり何すんだ。おまえみたいな妹を持った覚えはないぞ! おまえは何なんだ!」
「俺は虎徹。長曾祢虎徹だ」
「ふざけんな!」
そのまま連続で切り結ぶ。だが虎徹と名乗ったそいつは俺の太刀筋をすべて受け切った。「その太刀筋ならよく知っている」と言わんばかりに。
その時、遠くで警官隊の笛の音が鳴り響いた。
「チッ。また邪魔が入るか。まあいい。禍憑は確かにぶっ殺したし、テメェの面も拝めたし、今日のところはもう帰るわ。後片付け頼んだぜ!」
「なっ……!」
相手の強烈な一撃をなんとか受け止めたが、俺の体は後方へ大きく吹き飛ばされ、出店へと派手に突っ込んだ。木片とともにほおずきが宙に舞う。
「くッ……! ま、待て!」
すぐに体を起こし周囲を見渡したが、黒い長曾祢虎徹はすでにその場から消えていた。
1人立ち尽くす長曾祢虎徹の姿を遠くの路地から眺める男がいた。
人間であるらしいが、影に身を潜めており、その容姿はうかがい知れない。
「存分に鍔迫り合え。世に力を証明してみせろ」
男は足元に転がるほおずきを踏みにじり、その場を後にした。
電撃G'sマガジン 2018年10月号掲載