7月某日、早朝。突如禍憑の大群が帝都地中より出現。その後、丸の内へ進行。
同日、禍憑は複数の小隊編成を思わせる群れ行動を取り、各地を占拠。直ちに帝都へ戒厳令が敷かれる。
同日未明、御華見衆は各地の巫剣を召集。大規模な掃討作戦を発令。

作戦発令から数時間後、帝都は静かな朝を迎えていた。
通りに人気は絶え、聞こえるのは上空で旋回するカラスの群れの啼き声のみ。
今、召集された巫剣の多くが丸の内の最前線へ赴き、白刃を振るっている。帝都を救う重要な任を負って。それはまさに御華見衆の花形といえた。
しかし、厚藤四郎は大事件の渦中からはずいぶんと離れた下町の一角にいた。

「もぉ! なんでボクだけ後方支援なのさ! ムキィ!」

歯痒さに任せ、赤い鼻緒のかわいらしい下駄をカツンと鳴らして地面を踏む。
前線の巫剣が、万が一禍憑を撃ち漏らした場合、周辺へ逃走する可能性がある。その時に対応するのが厚藤四郎の主な役目であった。
もちろんそれとて大事な任務。それはわかっている。いるのだが、納得できかねる。

「ボクが前線に出れば誰よりも速く駆けて、誰よりも多く禍憑を倒して見せるのにィ!」

勇んで召集に応じたというのに、これではあんまりだ。
と、退屈と格闘していると、目の前を1匹のドラ猫が横切った。
およ?と足を止め、目で追う。やけに急ぎ足だ。
と、思う間に、道端の茂みからさらにもう1匹。いや、3匹、6匹……まだ増える。

「んにゃ? 人間は残らず家に閉じこもるか避難するかしているっていうのに、お前たちはいつもと変わらず散歩か~。あ~あ、いっそボクもついて行っちゃおうかな~」

軽口を叩いていた厚藤四郎だったが、道を横断する猫の数が10を越えたあたりでさすがに異変に気づいた。

「こ、こんなにたくさん……いったい何事!?」

猫は通常、犬のようには群れない。つまり、それはなにか異常事態の兆しだった。

「ま、待ってー!」

慌てて猫の行列の最後尾につき、一群の後を追った。
垣根をくぐり、民家の塀の上を走り、溝を飛び越え、細い路地をあみだクジのように駆け抜ける。
その果てに待っていたのは、この付近の住民の誰からも忘れ去られているかのような荒涼とした空き地だった。
そこには厚藤四郎の追ってきた一群の他に、すでに100匹を越す猫たちが集っていた。
人に飼われていそうな猫も、そうでなさそうな猫もいる。

「ボ、ボク、猫の集会に参加しちゃった??」

異様な光景に目を丸くする厚藤四郎。だが、次いでさらに仰天する物が視界に飛び込んできた。

「ああーッ!!」

それは空き地の中央にある枯れ井戸から次々と這い出てくる禍憑の姿だった。

「こんなところからも禍憑が!! どういうこと? まさか、丸の内の方は陽動!?」

御華見衆の本体を引きつけておいて、この場所から背後を叩く。禍憑の行動にはそういった狙いがあるように思えた。

「もしかして君たち、この禍憑の気配を感じて集まってきたの!?」

周囲の猫にそう問いかけると、1匹の端正な顔立ちの黒猫が「おうよ」と頷いた。

「俺たちのナワバリは誰にも荒らさせねえ」
「うひゃ~……」

つまり、目の前で繰り広げられているのは猫と禍憑のナワバリ争いなのだ。

「お嬢ちゃんは俺たちの言葉がわかるらしいから忠告しとくがよ。今からここは戦場になる。怪我しねえうちに帰んな」

黒猫はそう忠告したが、それを黙って聞く厚藤四郎ではなかった。

「冗談! ボクは巫剣だよ。禍憑を倒すための存在だ。退くもんか! でも、さすがにちょっと数が多いかな~。ってことで……」
「ってことで?」
「ここは共闘ってことでどう?猫の手を借りてあげるよ」

その提案に黒猫はニヤリと笑った。それですべての意思は疎通された。
猫たちが一斉に威嚇の鳴き声をあげ、禍憑に飛びかかる。
厚藤四郎は刀をすらりと抜き、不退の覚悟で枯れ井戸へ一直線に駆けた。
襲い来る禍憑。だが猫たちが見事な連携でそれらを阻み、厚藤四郎の突破を助ける。
厚藤四郎は心の中で礼を言い、構えを取る。

「ボクの刃に通せぬものなしッ! 一点突破森羅貫通!!」

厚藤四郎の叫びが下町にこだまする。すべてを貫き通す最大の一撃は、井戸の周辺で折り重なるようにしてうごめいている無数の禍憑を一瞬にして葬り去った。

「やるな嬢ちゃん!」
「褒めるのはあと! まだ残党がいるよ! みんなまわり込んで動きを止めて!」

その後、御華見衆の裏をかいた禍憑の作戦は未然に防がれたが、その裏に猫たちの尽力と勇敢さがあったなどという話は、ほとんどの者が信じなかった。
だが厚藤四郎だけは知っている。この帝都には人間や御華見衆の他にも、心強い猛者たちがいることを。

「ま、ボク1人でも大丈夫だったけど、一応今度お礼にニボシでも持って行ってやるかな~。ボク1人でへっちゃらだったけど!」
電撃G'sマガジン 2018年9月号掲載