――本日正午、河川敷にて待つ。

「……来た来た来たァ!」

振分髪広光は『果たし状』と書かれた書状に目を通すなり、勢いよくそれを握りつぶした。そして隣でその様子を見守っていた少年の頭を豪快に撫でた。

「ご苦労だったな坊主!」

しかし少年は気が気ではなかった。
少年は近所の飴屋の奉公人で、半刻ほど前に使い出されたところだったが、途中で不運にも街の愚連隊に捕まった。彼らは少年に無理やり果たし状を持たせると「これを振分髪広光という人物に渡してこい」と脅してきたのだった。

「ケンカだ! いっちょわからせに行ってやるか」

どうやらこの振分髪広光という人はよっぽど不良連中から恨みを買っているらしい。しかしどんな遺恨があるのかは知らないが、一人を大勢で呼び出すなんて男の風上にも置けない連中だ、と少年は思った。

「お姉ちゃん、ホントに行くの……? 向こうは20人くらいいたよ?」

愚連隊は日頃から乱暴狼藉わがまま放題で、これまで因縁をつけられてひどい仕打ちにあった者も少なくない。素直に出向けばどんな目にあわされるかわかったものではない。
しかし振分髪広光は少年の心配をよそに断言する。

「向こうが何人だろうがうちは負けん」

そして極彩色眩しい羽織をはためかせて去って行った。

振分髪広光は腹を立てた。

「おい! こりゃどういうことだ!」

なにせ派手なケンカができると勇んで河川敷へ赴いてみれば、肝心の愚連隊はすでに禍憑らによって蹴散らされていたのだ。こんな無粋な横槍を黙って許せるほど振分髪広光は大人ではない。
振分髪広光は曲がったことが嫌いだ。
だから大勢で1人を狙うようなマネをする卑怯なヤツラらも大嫌いだ。
だが人に仇なす禍憑はもっと嫌いで、そんな禍憑を自分の力でねじ伏せてやるのが大好きだ。

「た……た、た、助け……!」

愚連隊は禍憑の群れに追い回され、這々の体となっている。

「人のケンカを邪魔しやがって!! 禍憑の風上にもおけねぇやつらだ! オラこっち来い! ヤキ入れてやる!!」

多勢に無勢だが、振分髪広光は構わず鉄火場の中へズンズンと進んでゆく。
力任せに、バカ正直に、手近な禍憑から殴りつけ、蹴り飛ばし、はっ倒していく。
巫剣の参戦を察知した禍憑達が長物を振り回しながら襲いかかる。
振分髪広光は軽快な足さばきでそれを避けたが、死角からの一撃が彼女の額に命中した。
しかし、それでも彼女は止まらなかった。

「ああ? なんだそりゃ? 藪蚊でもとまったのかと思ったぜ」

強引に相手の武器を振り払い、強烈な頭突きを叩き込む。
振分髪広光の力を脅威に感じた禍憑はすかさず連携をとり、四方から同時に襲いかかった。
振分髪広光の細い体があっという間に禍憑の巨体に飲まれて見えなくなる。
そのまま圧殺かと思われたが、直後に鋭い斬撃が走り、禍憑達は次々と倒れていった。
その屍の中心には腰の剣を抜いて低く構える振分髪広光の姿があった。
「どうした? うちの剣はまだ折れちゃいねえぞ」
それに対してなりふりを構わなくなった禍憑達は彼女の両脚に食らいつき、無理やり動きを封じてくる。
だが、太ももに食い込んでくる牙の痛みを感じながらも振分髪広光は不敵な笑みを崩さない。

「トコトンやろうってのかい。よーし、そんじゃうちのとっておきを見せてやるよ」

その場に仁王立ちしたまま、振分髪広光は全身にありったけの力を込め、それをすべて自らの剣に集約していく。
その力が臨界点へ達した時、地が揺れた。

「振分髪広光様の一撃、魂に刻みやがれ! 天魔金剛撃!!」

問答無用の凄まじい渾身の一撃が振り下ろされると、地面が深くえぐれ、砂煙が高く河川敷に舞い上がった。
無事でいられた禍憑などおらず、煙が風でかき消えた後、その場に立っていたのは振分髪広光た1人だった。

少年は息を呑んだ。
あの後やっぱり心配になって駆けつけた奉公人の少年は、対岸の草むらからその一部始終を見ていた。

「さあ仕切り直しだ! てめえら勝負すんぞ勝負!」
「ひぃぃ! もう勘弁してくれぇ!!」
「大した怪我じゃねえからしゃんとしろ! 男だろ!」

バケモノ相手にあれだけの激闘を繰り広げた後だというのに、彼女はそこいらで伸びている愚連隊の不良達を無理やり叩き起こしてケンカをおっ始めようとしている。
心配する必要なんてこれっぽっちもなかったな、と少年は思った。
颯爽と駆けつけて女の人を守る。そんな英雄(ヒーロー)になり損ねたのは残念だけれど、気分はよかった。
真っ直ぐで気っ風のいい振分髪広光の姿を眺めていると、それだけで不思議と爽快な気持ちになれたのだった。
電撃G'sマガジン 2018年8月号掲載