花びらのような牡丹雪が平原と、そこを囲む広大な林に降り続けている。
「美しき哉」
鶴丸国永は平原に独り立ち、冬の明空を見上げ雪の音を聞いていた。
やがてその場に空間を引き裂くような咆哮が響き渡る。
この愛しく美しい静寂が、遠からず闖入者らによって破られることは織り込み済みだったが、それでも残念に思った。
木々の隙間から姿を現したのは14体の禍憑。
報告通りの数だ。
ほうっと白い息をひとつ吐き、抜刀する。
「やっと来た~~。それじゃ、ちゃちゃっと片付けますか」
彼女の言葉に応じるように禍憑らが雪を蹴る。
鶴丸国永もまた前に踏み出す。だが足元の雪はほとんど乱れない。
両者の距離が一気に縮み――そう思った時にはすでに刃と爪は交錯していた。
鶴丸国永が緩やかな放物線を描いて着地する。
遅れて1体の禍憑がその場に倒れ、動かなくなった。
それを見た別の禍憑が大きく吠え、すぐさま鶴丸国永に飛びかかる。
だが彼女はその牙を意に介さず、かたわらを通りすぎる。
「はぁ、さっき斬っといたんだから、大人しくしててよ」
直後、2体目の禍憑は胴と頭が泣き別れ、雪面にたどり着く前に虚空へと消えてゆく。
一度の交錯で2体を屠られたことを悟った禍憑たちはいったん鶴丸国永から距離を取った後、彼女を中心に円を描くようにうごめき出した。
それは肉食獣が集団で狩りをする時のような統率のとれた動きだった。
鶴丸国永は群れの中にその動きを指示した首魁がいることを即座に見抜く。
「も~~めんどくさいなぁ。でも、
この先には行かせないよ?」
そこは地図にも載っていない小さな村があった。人口は30名にも満たないような寒村である。
「それは美しくないもんね~~」
だがそれでも、そこには確かな人の営みがあることを彼女は知っていた。
この任務を命じられたのは五日前。
毎夜平原の片隅に身を潜め、禍憑の出現を待った。深々と降りしきる雪の中、凍える両手を自身の息で温めながら。
そんな彼女を見かねて羽織や温かい食べ物を差し入れてくれたのが、近くの村に住む人々だった。
――ワシら百姓にはこんなことくらいしかできんけども……。
厳しい冬にあって自分たちの蓄えも心もとないだろうに、それでも村人たちは快く粥をご馳走してくれた。
この恩は返さなければならない。たとえなにがあっても――
前後左右から4体の禍憑が同時に襲いかかってくる。
鶴丸国永はギリギリまで引きつけてからその場で独楽のように回転し、空中で禍憑4たちを撫で斬りにした。
そのまま間髪入れず周囲を駆けていた禍憑目掛けて走る。
続けて2体を唐竹割りにしてみせると、それを見た1体の大きな禍憑が高く鳴いた。
見つけた。あいつが
頭だ。
その合図を受けて残る禍憑らは林へと引き上げていく。
「あたしの恩返しを邪魔を……」
後を追って林に入る。しかしすでに禍憑たちは木々の陰に身を隠してしまっていた。
気配を頼りに高くそびえる木々の間をジグザグに走り抜けるが、姿は見えない。
彼女はいったん立ち止まると意識を集中させ、気配を探った。
確か残った禍憑の数は――と考えようとした時、背後から禍憑が襲ってきた。
「しないでよッ――」
いらだちを斬撃に乗せようとしたその時、頭上からも咆哮が聞こえた。
見上げて確認するまでもなかった。
残った禍憑たちが木々の上に潜み、今そこから一斉に飛び降り、鋭い爪を彼女に突き立てようとしているのだ。
それはまったく見事な連携攻撃だと言えた。
「だから……邪魔しないでって――」
押し殺した声でつぶやく彼女の目には、炎も凍てつくような冷たい怒りが宿っていた。
「――言ってるでしょ……」
彼女は音もなく地面を蹴り、目にも止まらない速度で真上に跳んだ。
降ってくる禍憑たちを置き去りにし、あっという間に木々を見下ろすほどの高さに達する。そして美しい弧を描き、大空を舞う鶴のように滑空しながら、その力を利用して細身の刃を一閃する。
「グギィアアアアアアアア……!!」
次に鶴丸国永が地面に降り立った時、その場に動く者はなかった。
「……緋翔鶴麗」
優雅な所作で納刀し、彼女は木々の隙間から白い天空を見上げる。
「恩返し完了~~!! はああ~寒い寒いっ! もう帰る~!」
曰く、鶴は恩返しの姿を誰にも見せない。
電撃G'sマガジン 2018年6月号掲載