――ともに戦ってほしい
その言葉を、その声を覚えている。
もうずいぶん昔のことだ。
そのころ、この国は多くの戦によって千々に乱れ、悲しみの声が満ちていた。
なればこそ。
――この戦の世を終わらせよう、そのためにお前の力が必要だ
その声に応え、日光一文字は守っていた地、日光三山を離れ、世に出ることを決めたのだ。
激しい戦いの日々。
あの言葉の主はこの世を去り、仕える家も代わり……だが、泰平の世は訪れた。
心には1つの疑問が宿る。
――はたして、力が平和を導くことなどあるのだろうか?
たしかに、あの戦国の時代、多くの者たちが平和を求め戦った。
しかし、強すぎる力があったからこそ起きた争いも数知れない。
それを見て、こう思わずにはいられなかった。
――力があるからこそ、人は争うのではないか
「強すぎる力」そのものとも言える巫剣・日光一文字にとって、それはあまりに切実な疑問だった。
それからどれほどの月日が経っただろう。
泰平の世は去り、再び争乱があり、それを乗り越えて新時代が来た。
今、この時代に新たな希望が満ちていることは間違いない。
それでも、どうしても思ってしまう。
所詮この平和など、再び始まる戦いを前にした、束の間のまどろみに過ぎないのだろう……と。
「御華見衆……のう」
日光一文字は日光の山道を歩きながら呟いた。
参拝客のために作られた道は、整えられてはいるもののそれなりに険しい。
だが日光一文字にとってここは慣れ親しんだ場所。庭でも歩くような気持ちで、考え事をしながら気軽に歩いている。
このところずっと頭を占めている悩みごと……「御華見衆」という組織からの誘いについてだ。
ようやく戦いもひと段落したというのに、このところ禍憑の活動が活発になってきているらしい。
そこで禍憑と戦う御華見衆は、戦力を補強するため協力を要請してきたのだ。
巫剣として、人々を禍憑の脅威から守ることに迷いはない。
だが、その誘いに乗るかどうか、心を決められずにいる。
どうしても考えてしまうのだ。どれほど刀をふるって平和を求めようと無駄なのではないかと。
すでに何度もはまったその思考の迷宮へと入りかけたその時、日光の山に聞き慣れない声が響いた。
悲鳴である。それも、子供の。
日光一文字は駆け出す。この日光の山は知り尽くしている。山陰で姿は見えないものの、声の方向と距離からして、この参道を進んだ先だろうと判断した。もはや「庭でも歩くような」などではなく、稲妻のごとき迅さで駆ける。
あっというまに辿り着いたそこにいたのは、禍憑とそれに襲われている親子だった。
その格好からして参拝客だろう。母親らしき女性が胸に抱いた幼子を狙われているらしく、背中で必死にかばっている。
「た……助けてッ――!」
母親が日光一文字の姿を認めて叫ぶ。
その声に……日光一文字の心の中で闇をたたえる迷宮に、ほの明るい光が生まれる。
――お前の助けが必要なんだ
「そうだ……そうだったな、我が主よ」
猛り襲い来る禍憑の咆哮に、全霊を注いだ一刀を以て答える。
「咬神 虚滅!!!」
剣気が巨大な大蛇を象り、禍憑を一呑みにする。
瞬きの後、もう禍憑は消えていた。戦うために世におりたあの時から変わらない剣の冴え。
「あ、ありがとうございます」
呆然としながらも礼を言う母親に、日光一文字は答える。
「いや、礼を言いたいのはこちらの方ぞ」
助けを求められた刹那、思い出したのだ。自分が戦いに出た、最大の理由を。
――家族が散り散りとなり涙するような世を、一緒に終わらせてくれ
あの時、かつての主はそう言った。
それこそ自分が存在し、戦う理由なのだ。
今もどこかで禍憑に襲われ、悲しみにくれる人々が、離れ離れになり嘆く家族たちがいるというのなら……。
それを救うため、戦わなければならない。
だから。
――ともに戦ってほしい
脳裏で響いた声に、応えることを彼女は決めたのだった。
「今度こそ、我が戦を終わらせましょうぞ」
電撃G'sマガジン 2018年5月号掲載