森の中を、風が駆け抜ける。
もしその場に誰かがいたとしても、そのようにしか感じなかったはずだ。
鬱蒼と葉が茂り昼でも暗い闇の中で、その迅く、小さな姿を視界に捉えることなど、人の目には不可能だからだ。
風は2人の少女だった。それぞれ短刀を手に、森の中で「何か」を追っている。
少女たちに追われているのは「禍憑」……。本来、人々に恐れられる存在だが、今、この森の中では「獲物」でしかなかった。

「うろちょろと逃げ回ってもムダですわ! ……みーちゃん!」

そう叫んだのは艷やかで暗めの銀髪を長く伸ばした美しい少女……鯰尾藤四郎。目もくらむ速度で動き回りながら、その所作には不思議なほどの気品が漂う。目を惹く髪は乱れながらもその絹のごとき輝きを失うことはない。凜とした声色もまた、その育ちのよさを感じさせた。

「……おしまい」

一方、呟くような調子で言ったのはもう1人の少女――乱藤四郎である。「幼い」という形容すら似合いそうなその少女は、しかし、その瞳に澄んだ静けさをたたえ、一種の色香に似た不思議な空気を身にまとっている。そんな彼女は冷静に流れるような動作で、一切の力みなく、あっさりと禍憑を両断する。
森に禍憑の断末魔が響いた。
凡庸な人間であれば、それだけで震えるようなおぞましい叫声だが、2人の心に一切の波紋を立てることはなかった。

「……おつぅ」

乱藤四郎の言葉に、鯰尾藤四郎はふんわりと笑う。

「みーちゃんこそお疲れ様ですわ~。でも、まだ禍憑の気配は他にも……あら?」

鯰尾藤四郎が乱藤四郎の髪に手を伸ばし、そこについていたものをつまみ上げた。

「葉っぱ、ついてましたわ」
「……ん」

乱藤四郎は頷く。
(しっていたけど、はっぱくらいきにしない。でもとってくれるなら、それはそれでうれしい)
というその頷きの意図を、鯰尾藤四郎は正確に読み取る。
他人だったらこうはいかないがろうが2人は「姉妹」。特別な絆がそれを可能にしていた。

「これでやっと禍憑の気配があと1つになりましたわ」
「うん……ちょっとつよい?」

首をかしげた乱藤四郎の言葉に鯰尾藤四郎は軽く眉をひそめた。

「最後のはなかなか手強そうですわね。……それにしても、これだけの数を2人だけで倒せだなんて、人使いが荒いにも程があります」
「……ぐち?」
「愚痴じゃありませんわ! わたくしは、可愛いみーちゃんに危険があったらどうするのかと心配しているだけですわ!」
 
その言葉を聞いた乱藤四郎は淡々と言う。

「だいじょうぶ、ふたりなら」
「ふぇっ!?」

動揺しながら真っ赤になる鯰尾藤四郎。

「わ、わたくしもみーちゃんとなら、どこまでだって大丈夫……ですわ……うふふ……」
「うん……?」

鯰尾藤四郎が何か大きな勘違いをした、まさにその時だった。2人の世界を乱す、不埒な闖入者が現れたのは。
さきほどのより遙かに巨大な禍憑。このあたりで最も強力な個体だろう。だが鯰尾藤四郎はなぜか上機嫌だった。

「あら……ちょうどいいところにお客様がいらっしゃいましたわ~」
「……おきゃくさま?」
「わたくしたちの、姉妹の絆を見せつけて差し上げるお客様です。ねえ、みーちゃん?」
「……うん? みせつけ……よ?」

鯰尾藤四郎の言葉に、乱藤四郎はよく分からないなりに合わせた。

「いきますわよ、みーちゃん! 藤花繚乱~!!」

叫ぶが早いか鯰尾藤四郎は軽やかに地面に刀を突き立てる。
その震撃は辺りを揺らし、地面を砕きながら禍憑を捉え、その身動きを封じた。
それに呼応し乱藤四郎の刃が華麗に煌めく――。

「黒龍ノ怒リ……」

一瞬のうちに、八斬。禍憑は千々に斬り裂かれ……霧散する。
反撃の隙もない見事な連携技だった。

「わたくしたちの絆の前に敵はなし!! ですわ~」
「うん、そうだね、なまっち」

藤のように可憐な2人の少女の声が、静かな森に咲いた。

電撃G'sマガジン 2018年3月号掲載