目の前の敵を斬って斬って斬り続ける。
それこそが、わたしが生きる理由であった。
わたしは”巫剣として”ただ敵を斬る道具として生きる。
主たちはみなそういう扱いを続けてきた。
それに疑問を抱いたことはない。生まれたときから、ずっと。
でも、それが変わってしまったのは、あのときだ。

あの時代、鎌倉で天下を総べていた主は子鬼の悪夢に苛まれていた。
『その悪夢、わたしなら祓うことができる』
わたしは主に言霊を届けた。
戦いの果て、動くことのできない錆刀となったわたしに、そんな力はなかったからだ。
『だから、もう一度わたしを目覚めさせて』
期待はしていなかった。だからこそ、驚いたのだ。
新たな主がわたしの錆を落とし、人の姿に戻れたこと。
そして、もう一度生きる理由を与えてくれたことに。
そう、子鬼を斬ったわたしは再び道具となるのだと考えていた。
だけど、主は言ったのだ。
敵を斬り続け、汚れていく先に何があるのか。ただ繰り返すだけならば、再び眠れ、と。
そこでわたしは初めて気づいた。自分の目から雫が流れ落ちたことに。
「あ、ああ……」
暗く深い闇の中に放り込まれたような感覚。
自由に届かぬ声、動かない体。
再び眠るということは、それをもう一度経験するということだ。
「あ、ああ……」
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
わたしはここにいる。ここで生きている。
何故? 全てを斬り捨てるために。
何故? 主の命を果たすために。
何故? そうだと教えられたから。
「わたしは……なに?」
生まれて初めて、わたしは自分が何者であるかを考えた。

竹林の中に作られた小さな池に浮かんでいると、かつて錆刀だったことを思い出す。
体の重さを感じず、なにもかもがあやふやな感覚。
あのときもこんな風にたゆたっているようだった。
今と違うのは、わたしがここに存在しているということ。
だから、似ているだけで、この感覚は違うものだ。
ふと、右目にかかった眼帯に触れる。
これは、わたしを錆刀から救ってくれた主が遺してくれたもの。
主と出会うまで、わたしに構ってくれる者はいなかった。
だからわたしは、自分を見てもらうためだけに敵を斬り続けていたのだ。
主はそんなわたしに戦う意味をもう一つくれた。
己を高めるために戦うこと。この眼帯は誓いの証。
より強く、より美しくあるために、わたしは敵を斬り続ける。
「……っ」
竹林の隙間から入った太陽の光が水面に反射して目が眩んだ。
太陽をじっと睨むと、もっと眩しさを感じる。
「……くっ、あはは。あはははは」
唐突に笑いがこみ上げてきた。
それが、あまりにもばかばかしくて。
「あはは……さすがにあれは斬れないかなぁ」
世の中に斬れないものはたくさんある。
だけど、わたしは自分が何者であるかわかるまで、この戦いを続けていくのだ。
水面にたゆたう笹の葉と同じように、わたしは今、ここにあるのだから――。
電撃G'sマガジン 2015年11月号掲載