「オーゥ、アナタ!? ジャッパーンノニンジャデスネ?」

燭台切光忠は、ただただ動揺していた。
街を歩いていたら、異国から来たとおぼしき壮年の男性に話しかけられた。
ここまでは、近頃珍しいというほどのことでもない。
しかし、『忍者』であると指摘されるとなると話は違う。

「い、いえ……! ちがいます!」

燭台切光忠は否定した。忍者とは忍ぶもの、当然である。
(なんで分かったのでしょう!?)
動揺しつつも、燭台切光忠は持ち前の観察眼を働かせる。
かなり仕立てのよい服を着ているが、着こなしは洒落ているとは言いがたい。髪などはボサボサである。しかし、その瞳には深い知性をたたえている。
(学者さん……ですね。近くに学問所があったはずです) 
その洞察は、すぐに本人の発言によって裏付けられた。

「ワターシ、ジャッパーンノケンキュシテルネ」

(なるほど……しかし、知っているだけならともかく……なぜわたしが忍者だと?)

「アナタ、『サムライソード』モッテマスネ! ツマリ、ニンジャ!」
「おかしいですよね! 普通、刀を持っているだけだったら侍だと思いますよね!?」
「サムライ……? ソレ、ワカラナーイ」
「さっき『サムライソード』って言ってたじゃないですか!」
「オーウ、『サムライソード』モツノニンジャ、キキマシタネ」

(なんだか適当なことを教えた人がいるみたいですね……)

「と、とにかくわたしは忍者じゃありません~~!」
「オーウ……」

学者はそう聞いて悲しげな瞳をしたが、すぐにうっとりとした表情で話しはじめた。

「ワタシ、ニンジャスゴクイイキキマシタ。ハヤイ、ツヨイ、ジャンプスゴイ……ワタシ、ニンジャサガシテマス」
「そ、それはどうも……って私は忍者じゃないですからね! それでは!」

燭台切光忠は歩き出した。変な誉められ方をしたせいか、ついつい早足になってしまった。
実のところ忍の業を極めた燭台切光忠の早足。これはかなりの速度である。

「ハヤイ……!? ヤハリニンジャカ!?」

その速度に、異人の学者が反応した。

(ついてくる……? どうやら、まだ私が忍者だと疑っているみたいですね……面倒なことになる前に撒いてしまいましょう)
それは朝飯前の簡単なこと……のはずだった。だが、持ち前の観察眼がその邪魔をした。
(あれは……)
街角で、少女がガラの悪そうな男たちに絡まれている。放っておくわけにはいかない。
しかし、すぐ後ろには異国の学者。これ以上の面倒は避けるべきか……?
(いえ、問題ありません……!)
彼女が少女と男たちの横を通り抜けた刹那、男たちはみな後ろ手に縛られていたのである。
巫剣たる彼女が極めた電光石火の早業。もちろん、男たちや学者に見えるわけがない。

「な、なんだぁ!?」

いつのまにか縛られていた男たちが騒ぎはじめる。そして、それこそが燭台切光忠の狙いだった。
(……さて、今のうちに)
そう……学者も一瞬、その騒ぎに気をとられたのだ。
その隙に、燭台切光忠は近くの建物の屋根に音もなく飛び乗った。
あとは、屋根伝いに学者に気付かれないように去るだけだ。
だが、高い場所に登ったことで、彼女の観察眼がまたしても面倒なものを捉える。
(禍憑……!! こんなときに……!)
巫剣である燭台切光忠にとって、禍憑を斬ることは何よりも優先すべき任務である。そこに迷いは存在しない。
(ここは一瞬でいかせてもらいますよー)

「無明閃 斬鉄!!」

屋根から音もなく着地した瞬間、鮮やかな剣閃がなぶぐ。
たいした禍憑ではない。……全く問題はなかった。
飛び降りた場所が、学者の目の前だったということと、そばにあったガス燈ごと斬り捨ててしまったこと以外は。

「ホワッツ!? ジャンプスゴイ! ツヨイ!? ……ヤハリ、アナタ、ニンジャ!!」
「はっ!? ち、違……って言うかガス燈……ど、どうしよう……」

一瞬の逡巡。結果、燭台切光忠は、逃げた。全速力で。三十六計なんとやらである。

「ハヤイ、スゴイハヤイ……! ヤハリニンジャ……」

そう呟く学者の瞳には……もはや消すことが出来ない確信と、憧憬の光があった。

その後、騒ぎを聞きつけた警察官に異国の学者が取り押さえられ、その学者がガス燈を私費で弁償し、なぜかその付近で四六時中うろうろしているという噂が街に広まる。
そして、そんな彼が後に故国で、ジャパニーズニンジャの逸話を広めたとか広めなかったとか……。
電撃G'sマガジン 2017年12月号掲載