それは、なんとものどかな光景だった。
美しい少女が一人、川辺で歌っていた。少女の雰囲気は朗らかで、周囲の雰囲気まで明るくなるようだ。その右肩には、蛇のようなものがのっている。よく見ればそれは宙に浮いており明らかに蛇ではないのだが、遠くから見るだけはわからないだろう。
「らん、ら、らん、らーん♪」
少女は即興で歌っているらしい。特定の旋律はないが、でたらめというわけではなく、大きな流れがあり、そこに心を委ねているようだった。
まるで、少女の目の前の川の流れのようだった。
それもそのはず、少女の歌は、その川の流れそのものだった。
少女の名は水神切兼光、巫剣である。
その名は彼女が、猛り川を氾濫させた水神を斬り、鎮めたという逸話に由来する。
「ぴきゅるるる~♪」
少女の傍らで一緒に歌っている小さな蛇のようなものは、実はその水神に与えられた化身・白竜なのである。上機嫌に空中でにょろにょろ身をくねらせる様子からは、そんな大層なものにはとても見えないが。
だが、ふと水神切兼光は気付いた。
歌っている旋律に、小さな不協和音が混じったことに。
「うーん、シロ」
少女は自らがシロと名付けた白竜に語りかける。
「ぴきゅる?」
「こんな綺麗な川なのに、少し変な感じがしない?」
「きゅる」
「わたしはおかしいと思うんだよね」
「きゅるきゅる」
水神切兼光の言葉に、シロは同意しているらしい。
「……わたしがこの謎をとかないといけないよね! だって…」
水神切兼光は、ここで一息ついた。そして、堂々と宣言する。
「この謎の先に、運命のご主人様との出会いが待っているかもしれないし!!」
シロ……水神の化身は思った。
たぶん、そんなことはない、と。
思ったが、シロはそう言わないことにした。
水神切兼光はいつもこうなのである。「運命のご主人様」とやらを探して彷徨っている。いくら止めても無駄なのである。
川を遡っていくと、不協和音――禍々しい気配が強さを増してゆく。
「……これは……悪さをしている水神でもいるのかな?」
「ぴきゅる!?」
思わず、びくっと反応するシロ。
「そんなのがいたら……斬らないといけないよね……また」
「ぴきゅるぅう?!」
かつて水神切兼光に斬られた記憶を思い出し、身震いするシロ。
シロは水神切兼光に斬られた水神の化身、つまりそれそのものなのだ。
ゆえに、その恐怖を克明に思い出すことが出来る。
あの時の彼女は恐ろしかった。
思い出すだけで、鱗が剥がれそうだとシロは身震いした。
「……と、思ったけど、違うみたい」
シロの恐怖をよそに、水神切兼光が呟く。
そこに巣食っていたのは禍憑だった。
「はあ……運命の出会いはなさそうだし、水神でもないし……」
恐ろしい怪物を目の前にして、水神切兼光は落ち着いていた。
「あーあ、こんなに歩いて来て損しちゃった! こうなったら気晴らしに一曲、いっくよ~♪」
あわせてシロも身構える。
「神楽歌 みづは!!!!」
逆手に刀を構え、雅な旋律で歌う彼女の歌にあわせて、川の水が逆巻き宙にうねる。次の刹那、水神切兼光が腕を振り下ろすと川の水は鋭利な刃となり、禍憑を両断した。
戦いというには、あまりにも晴れやかで美しいその姿は、崇拝をあつめる偶像(アイドル)にさえ見えた。
「最近多いよねぇ、禍憑。そういえば、禍憑を倒す組織があるんだっけ? たしか……御華見衆?」
「ぴきゅる」
そういう組織があるということを水神切兼光とシロは噂で聞いていた。
「はっ!? ……もしかして運命の出会いはそこに!?」
あるわけないだろ、と思うが、こうなるともう止めても無駄である。
「ぴきゅる」
「よーし! 行くよ、シロ!!」
返事も待たずに駆け出す水神切兼光。
まさか御華見衆で本当に運命の出会いがあるということは、水神切兼光もシロもまだ知らないのだった。
電撃G'sマガジン 2017年9月号掲載