「石煙ッ!!」
少女の放った上段からの斬撃は巻き藁を一刀両断していた。
その断面は滑らかに磨かれたよう。少女の斬撃の鋭さとその刃の斬れ味を物語っていた。
だが、少女はその断面にわずかな乱れがあるのを見てとる。
「……まだまだですね」
少女――水心子正秀は小さく嘆息する。
凜とした美しい少女だった。どこか儚げな印象を与えるのは華奢な体つきのせいであろうか。
長く切りそろえた黒髪は艶やかに輝いている。まだ見かけることが珍しい洋風のスカートから伸びる脚が眩しい。
そんな街中で見かければ誰もが振り返る可憐な美少女の心中にある悩みは、およそ少女からかけはなれたものであった。
「どうすればもっと斬れ味がよくなるのでしょう……古刀の皆さまのように」
古刀。現在の形の「刀」が完成した時期の刀。この時期の刀こそが最上であると考えるものは多い。
少なくとも水心子正秀はそれを真実だと考えていた。
“水心子正秀”という刀工は、そんな古刀を目指し「復古」を掲げた人物である。
ゆえに、彼が生み出した巫剣・水心子正秀の心には強烈な古刀に対する憧れがある。
日々、古刀に近づくべく研究と努力を重ねている新々刀。それが水心子正秀だった。
「はあ……」
「どうしました?」
溜息をついている水心子正秀に声をかけてきたのは七香である。
「また、刀のことですか?」
「そうです……まだまだ努力が足りなくて」
「そんなことないですよ、誰よりも勉強熱心じゃないですか。西欧の最新技術なんかも勉強している巫剣なんて普通いません。すごいと思いますよ」
「それも仕方なくです。昔の鉄ですら正確な作り方もわからないんですから……補うために新しい知識を使うしかないと思って」
「温故知新ですね」
「故きを温(たず)ねて新しきを知る……ですか……ああ、かつての名匠たちのもとをたずねられたらいいのに」
「それは無理ですよ、はるかに昔のことですから」
そう言ってから、七香はふと思いついた。
「でも、古刀が使われていた場所なら『訪ねられる』かもしれませんね」
「?」
「古戦場です。まさに古刀が使われていた場所でしょう? ひょっとしたらいい閃きを得られるかもしれませんよ?」
「それです!!! なんで思いつかなかったのでしょう?! かつての古強者たちが古刀を手に戦った場所。その空気。気温。湿度。それを知らずに、刀の神髄に辿り着けるはずがないのです……」
水心子正秀はぶつぶつと呟いている。ちょっと不気味だったが、ひとまず元気は出たようなので、七香は安心した。
もう少し励まそうと声をかける。
「よかったですね。あ、もしかしたら戦で折れた刀とかが落ちてたりして。ああ、でも、流石に錆びていますよね」
よかれと思って口にした言葉だったが、七香はすぐに後悔する。
水心子正秀が恐ろしい形相で睨んできたからである。
「……七香さん? いいですか? 古刀は折れません、曲がりません、錆びません……」
「ひっ!?」
「リピートアフターミー? 『古刀は折れない、曲がらない、錆びない』」
知らないはずの舶来の言葉なのに、なぜか七香は復唱しなければならないこと分かってしまう。
「こ、ことうはおれない……まがらない……さびない……」
「ワンモア!」
「ことうはおれない……まがらない……さびない……」
「……これが、古戦場の空気」
水心子正秀は即座にめいじ館を飛び出したが、目指した古戦場に辿り着いた時にはすでに暗くなっていた。
夜の古戦場。普通の人間なら不気味に思うだろう。
だが、水心子正秀は普通の人間ではない。
「ここで亡くなった武士の亡霊なんて出ないでしょうか……はっ!? もしかすると、刀鍛冶の霊なんかも混じってるかも!?」
期待でワクワクしている。
「……!!!」
その時。
そんな水心子正秀は気配を察知する。
「ほ、ほんとに来ましたっ!? ど、どうしましょう……心の準備が」
あわわわ、と慌てて髪を整える水心子正秀。
だが、姿を現したものは。
「違いますね。……ただの禍憑ですか」
おぞましい怪物の群れだった。それを見て、水心子正秀はがっくりと肩を落とした。
落胆はすぐに、理不尽な怒りへと変わる。
「ちょっと腹が立ったので、全力で相手をしてあげます」
水心子正秀は刀を地面に突き立てる。
そして、唱えた。
「ハート・オブ・ブラックスミス!!!」
刹那。
大地から吹き上がる巨大な炎の剣。
それらが禍憑の群れをあっさりと飲み込み一瞬で黒い塵へと変える。
「……!!」
水心子正秀は、わずかだが、自分の技がいつもより冴えていたことに驚いた。
この、古戦場という場所のおかげだろうか。この感覚を掴めば、ほんの少しだけでも古刀に近づけるのかもしれない。
(……いいでしょう。幸い、この場所に禍憑はまだまだいるようです)
水心子正秀はにこり、と可憐に微笑んだ。
古戦場にいた禍憑が翌朝までに全滅したことは、言うまでもない。
電撃G'sマガジン 2017年8月号掲載