「禍憑どもめ……消えるがよいわ! 裂空・風斬羽!!」
軽やかに跳躍した戦場……神社の境内の高みで、下方……暴れる禍憑たちに向かって刀を振るう。刀は空を切る……だが、そこから生まれる斬撃は羽根の形状を為し、地上へと降りそそいだ。

〝裂空・風斬羽〞
山鳥毛一文字の必殺剣である。
ただし、その威力に比例して負担も大きい技である。
境内に発生した禍憑をようやく殲滅することに成功した山鳥毛一文字は、肩で息をしていた。

(少々危うかったのう……まさか切り札まで使わされてしまうとは)

山鳥毛一文字は内心で呟く。
禍憑との戦いは、しだいに激しくなっている。
一方、それに対抗する山鳥毛一文字をはじめとした巫剣たちはどうだろう。
当然だが、巫剣はそう簡単に数を増やすことはできない。
ということは、巫剣たち単体の戦闘能力を向上させるしかない。
もちろん、巫剣たちはそれぞれ日々、鍛錬している。
禍憑たちとの実戦を重ねることで経験も積んでいる。
だが、それだけで足りるのだろうか。
山鳥毛一文字は、形のない不安が心の中に広がるのを止められなかった。
そして決意する。

(……ひさびさに、『アレ』をやるしかないのう)

夢切り国宗と五虎退吉光。
2振りの巫剣が道場へと呼び出されていた。
艶やかな色香を振りまく夢切り国宗と、小さくかわいらしい五虎退吉光。極めて対照的な2振りだが、仲はよい。ちらも同じ大名家の秘蔵刀だったという縁があるのだ。
そして、もう1振り。

「なんじゃ、集まったのはたった2振りか……やる気がないのう」

そうぼやく山鳥毛一文字もまた、同じ大名家にいた巫剣である。
彼女こそ、この道場に招集をかけた当人であった。

「わしは昔の仲間全員に声をかけたのだがのう。忙しいのか、逃げたのか、さてさて……」

山鳥毛一文字の言葉に、夢切り国宗が反応する。

「げっ!? そ、それってまさか」

顔色が悪い。五虎退吉光も察したらしい。

「ごこ、いやな予感がします……」

その顔は青ざめ、タラタラと、冷や汗までかいている。

「わ、私、用事思い出したわ! じゃ、じゃあ今日はそういうことで」

そう言って、退出しようとした夢切り国宗の前に、山鳥毛一文字が立ちふさがった。

「逃がさぬぞ……! このわし自ら、久々にお主らを鍛え直してやろうではないか!! 名づけて『山鳥毛ぶうときゃんぷ』じゃ!」
「ぶ、ぶう……と?」

聞き慣れない言葉に、こてん、とかわいらしく首を傾げた五虎退吉光。
山鳥毛一文字が解説する。

「うむ。異国の言葉で、『過酷な修行』のことをそう呼ぶそうじゃ」
「か、かこく、な、しゅぎょう……? や、やだ……」

山鳥毛一文字の言葉を聞いて、五虎退吉光はかたかたと震え始める。

「い、いやあ!! 私、帰る〜!!」

逃げ出そうとする夢切り国宗の首根っこを山鳥毛一文字が掴む。背丈でいえば夢切り国宗のほうが高いのに、それを可能にする身のこなしは尋常ではない。

「そういえば、お主は前回の修行からも逃げようとしたのう……」
「だって! おかしいでしょ! 足の小指だけで針の山の上を歩くとか! 五感をすべて封じた状態で真剣をかわし続けるとか!」
「お、おもいだしたくないです……」

山鳥毛一文字は2人の言葉を聞いて溜息をつく。 

「そう言われても、わしら巫剣はそれくらいせんと修行にならんからのう……」
「だ、だいたいなんで修行をするのは私たちばっかりで、あんたはいつも教える側なのよ!」
「た、たしかにそうです……」

夢切り国宗の反撃に、五虎退吉光が同意した。

「む!? 立場上、わしが教える側に立って当然ではないか」

山鳥毛一文字はそう言うが。

「はあ?」
「ちょ、ちょっと……よくわからない、です……」

立場上、と言われても、と困る2振り。

「むう……そんなことも知らんとは。それなら教えてやろうではないか! そこへ並ぶがよい!」

夢切り国宗と五虎退吉光は顔を見合わせる。

(……説明を聞いている間、修行はなさそうね)
(と、とりあえず、き、きいてみましょう)

同じ困難に直面しているがゆえに、視線だけで会話ができる。
そう。
過酷な修行を先延ばしにできるなら、聞くのもやぶさかではない……のだが。

「……そもそも、お主たちと出会った大名家。わしがそこに行く前のことじゃ。わしは元々、さらに格上の大名家の宝刀だったのじゃ……ああ、そこに行く前、わしがなにをしていたかというと……」

山鳥毛一文字が遠い目をして語り始めると、話を聞かされている2振りは再び視線を交わす。

(こ、これって……)
(な、ながくなるやつ……です、ね)

チラチラと視線を交わしているのには気づかず、山鳥毛一文字は語り続ける。だんだん気持ちよくなってきたらしい。

「……じゃからのう、わしは言ってやったんじゃ。主家からやってきた者として、わしがこの家を育ててやると。つまり、わしはお主らの師匠として……」

目を瞑り、うっとりと語る山鳥毛一文字。
自分の思い出に没頭していて、周囲は見えていないようだった。

(ひょっとして、今なら抜け出せるんじゃない? 逃げましょう!)
(そ、そうしま、しょう……)

かつて、山鳥毛一文字から教えられた隠密術を完璧に使いながら、気配を殺して道場から脱出する夢切り国宗と五虎退吉光だった。

「……わしの髪に、ひと房だけ色が違う部分があるじゃろう? そこには思い出があってな……お主たちがどうしても聞きたい、というなら話してやらんでもないが……どうじゃ?」

目を開き、問いかけた山鳥毛一文字。
しかし。
しーん。
……残念なことに、その前には誰もいなかった。

「む、むう……あいつら……逃げよった!!」

地団駄を踏む山鳥毛一文字だったが。
「ふむ……わしに気配を気づかせないとは、ちゃんと修練は続けておるようじゃのう。……ならば大丈夫か」

そう呟いた声は、自称・師匠に相応しく、優しげなものであった。
電撃G'sマガジン 2017年7月号掲載