二月も半ばに差し掛かろうという頃です。
洋風茶房・めいじ館には三つの影がありました。
- 一期一振
- あー、紅葉狩兼光さん! つまみ食いは駄目ですっ! 手伝うんじゃなかったんですか!?
- 紅葉狩兼光
- いいじゃんいいじゃん! どっちみち、こんなにあったら食べきれないでしょ? あむ
- 一期一振
- 苺っ!? なんてことするんですか!
- 紅葉狩兼光
- え? 美味しそうだったから
- 一期一振
- もーっ!
- 小豆長光
- い、いちごさん、ダメですよ! 紅葉狩さんも、これは普段からお世話になってる人にあげるためのものなんですから
- 紅葉狩兼光
- この茶色いのさ、すーっごく甘くて美味しいよね。なんていう食べもの?
- 小豆長光
- き、聞いてませんね……それは“ちょこれーと”ですよ
- 紅葉狩兼光
- ちょこれーと?
- 一期一振
- 異国のお菓子だそうですよ
- 紅葉狩兼光
- へー
- 小豆長光
- それでですね、これを買った時に聞いたんですけど……来たる二月の十四日。異国ではお世話になっている方に、お菓子を贈る風習があるらしいんですよ
- 紅葉狩兼光
- なるほど! それでさっきからがちゃがちゃしてるんだ!
- 一期一振
- 気づかずに手伝おうとしてたんですね……それじゃあ、せっかくのエプロンが台無しですよ?
- 紅葉狩兼光
- いいのいいの。あたしは味見役だから
- 小豆長光
- あはは……ところで、さっきからいちごさんはなんで苺を潰してるんですか?
- 一期一振
- このちょこれーとに新鮮な苺を混ぜたら、絶対美味しくなると思うんです♪
- 小豆長光
- ……それはやめましょう
- 一期一振
- えぇ!? どうしてですか!?
- 小豆長光
- 水分が入ると固まらなくなるんです!
- 一期一振
- そうだったんですか……
- 紅葉狩兼光
- あむあむ……へー、小豆長光はもの知りだねー
- 小豆長光
- このちょこれーとなるものも小さな豆が原料らしいので! そう、言うなれば小豆と同じです!
- 一期一振
- 妙に自信ありそうですけど絶対違いますよね……?
- 紅葉狩兼光
- さすがだね! あとは小豆長光に任せておけば安心!
- 小豆長光
- はい! ……って、えぇ!? この量を一人では……よーし、わかりました!
- 紅葉狩兼光・一期一振
- ?
- 小豆長光
- これから分担します! いちごさんも紅葉狩さんもしっかり仕事してくださいね!
- 紅葉狩兼光
- そしたら味見していい?
- 小豆長光
- はい!
- 一期一振
- 苺は使いますか?
- 小豆長光
- はい! 閃いたことがあるんです。みんなで最高のお菓子を作りましょう! えい、えい、おー!
- 紅葉狩兼光・一期一振
- おー!!
――翌日。
- 一期一振
- 兄様兄様! いちご、兄様のためにがんばってお菓子を作ったんです。食べて食べて~
- 紅葉狩兼光
- あ、隊長見つけたー! せっかくだからこれ、分けてあげようと思ってさ
- 一期一振
- ちょっと、紅葉狩兼光さん! 今はわたしが兄様と――
- 紅葉狩兼光
- あれ、一期一振もそれあげようとしてたの? かぶっちゃった?
- 一期一振
- ちょっと黙っててくださいっ!
- 小豆長光
- あの……主様。これ、普段お世話になっているお返しです。とっても、美味しいですよ♪
厨房の隅には、彼女たちが作った大福の余りが置かれていました。
中を割って見てみると、ちょこれーとと大きな苺がまるごと入っているではありませんか。
その珍妙な食べものですが、口に入れてみるとあら不思議。
大福の柔らかい皮に包まれたちょこれーとの甘みと苺の甘酸っぱさが見事に絡み合い、極上の甘味を生み出したのです。
菓子の名は『ちょこ苺大福』。
その味に感動したある巫剣がこれを毎年この季節の看板品にするのですが、それはまた別のお話。
電撃G'sマガジン 2017年3月号掲載