晴天に痩せた月を認め、山間の街道で足を止めた。
霞のように薄白く、地上を照らすこともない、虚ろなる月。
不意に気付く、今の自分のようだと――。
深夜、突如として二条御所の静寂は破られた。
我が主の寝首を掻かんと、謀反を企てた軍勢が攻め入ってきたのだ。
臨戦の構えもままならぬうちに臣下は次々と兇刃に斃れ、残ったのは主殿と自分のみ。
巫剣は主の刃、戦いの中で果ててこそ本望。この命にかえても主殿は御守りする!
降り注ぐ矢を斬り払い、襲い来る兵を斬り伏せる。
見渡せば、室内には三十を超す屍が横たわっていた。
夜襲は失敗に終わるかに思えた。
しかし――
「ぐっ……!」
低い呻き声が耳を打つ。
振り返ると、主君は障子を盾にした敵兵に取り囲まれ、
その胴体を四方から槍で刺し貫かれていた。
「主殿ッ!!」一足飛びに間合いを詰めて兵を薙ぎ斃し、
すぐさま仰臥した主を抱き起こし名を叫ぶ。
と、微かに口元が動いた。
「……これまで仕えてくれたこと、礼を言う……お前は、
この世で最も美しい乙女であった……」
続いて口から漏れたのは、辞世の句――。
「五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで……」
堪らず、涙が零れ落ちた。
生き残ってしまった私は、その後も時の権力者の巫剣となり、
戦いの中で果てる生き方を全うしようとした。
だが、それは叶わなかった。
ある時、巫剣たちに召集がかかり、半ば強制的に百華の誓いが交わされたのだ。
戦いのみの生き方をするべからず、各々の道を歩むべし。
この誓いによって、巫剣は武器としての本分を失った。
戦い果てる生き方を奪われた自分には何もない。
どう生きればいいか分からず、やむなく自分を探す旅に出た――。
みー、みー、と間延びした声で呼ばれ、はたと我に返る。
同行している小狐丸がこちらを見上げていた。
どうかしたかと尋ねてくるので、何でもないと答える。
すると、小狐丸はやおら道端に屈み込むや、こちらに向き直って目一杯背を伸ばし、
簪よろしく一輪の花を挿した。
「みーには、よく似合っておるのー」
横髪を飾る薄紅色の花。すっと力が抜け、自然と顔が綻びる。
花弁の淡い色が心を柔らかくしていくようだ。
「……私にも、花が似合うか?」
「うむ、まことに綺麗であるぞー」
思いがけぬ言葉に薄く頬が染まる。小狐丸は私を元気づけようとしているのだろう、
その心遣いがありがたい。
友を抱き寄せ、小さな頭をしばし撫でた。
我ら巫剣にも心がある。なればこそ、相手を思いやり、花に癒しを感じ、
大切な人との別離に涙を流す――。
思えば、主殿は死に際、私を『乙女』と言ってくれた。
心ある人として見てくれていたのだ。巫剣は、私はただの武器ではない、乙女なのだ。
「進むべき道は、既に見えていたのかもしれんな……」
そう呟くと、小狐丸はこくりと小さく頷いた。
虚ろに思えた真昼の月が不思議と明瞭に瞳に映じる。引き絞った弓のような三日月だ。
新たな主と巡り会える日が来るのなら、その時は乙女としてこの身を捧げよう。
私の全てを捧げよう。
電撃G'sマガジン 2015年10月号掲載